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余話。その4
− 変遷と未来像(1-6) −
| これは収集した500品種を全否定し、つまり30年間の仕事を無為にして、交配育種へ転進し、その結果「マスカット・ベリーA」が生まれてくる事情を読み解く鍵なんですね。ここに日本の近代ワイン史の山場があったと私は見ています。 なぜなら、「マスカット・ベリーA」は、日本の自然環境ではヨーロッパの銘醸ワインに匹敵する逸品をつくるのは不可能だという「宿命的風土論」を肯定するものとして、昭和時代、日本のつくり手たちの前に立ちはだかったブドウだからです。われわれにつくれる良い赤ワインは、せいぜいこの程度のものだと、諦念をもって教え込まれ、だからこそワインづくりの進歩はさらなる交配育種の努力にかかっている、そう信じた時代がずっと続いていたんです。 川上善兵衛の育種家としての偉大さが「宿命的風土論」に権威をつけてしまったとしか言いようがありません。が、実際はどうだったのか。前にも申したように、川上善兵衛のブドウ栽培に対する姿勢は郷土愛と地域共同体のリーダーとしての強い自覚によって支えれられています。ブドウ品種の評価にもそれは強く反映します。彼の価値観は新潟県中頚城郡高士村におけるその時代の農業経営に視点をおくもので、そのことは彼の著作のなかで繰り返し述べてはいるのですが、結論だけが日本におけるブドウ栽培の一般論となって広まってしまいます。 では500品種を否定した根拠を、彼の言葉によって確認しましょう。 「借問す。品質の優秀なるもの、産額の多量なるものにして発育の旺盛なるもの、樹勢の健康なるもの有りやと。予は謂はん、無しと。而して亦更に問はん。発育の旺盛なるもの、樹勢の健康なるものにして優秀なる品種ありや、豊産なる品種ありやと。誰か有りと答へんや。予は40余年来500余の品種を経紀したれども一も此の問に該当するものを見ず」(『葡萄全書』上篇604頁) |