余話。その3

伝統産地VS新興産地

− テロワールは産地の名声を支えられるか(2-1)

 ワイン産地はいかに形成されたか。前回はVitis viniferaが世界各地へdiffusion(拡散)していく歴史的な経過に視点をおいて考察しました。しかし、ブドウが原産地を離れて、新しい開墾地へ移植されていくとき、その土地が銘醸ワインを産出する偉大な畑となるのか、平凡な並酒の産地にとどまるのか、この違いはどこから生じるのかという疑問には触れませんでした。

 拡散していくブドウと、これを受容する土地。偉大な畑の誕年は、両者の出会いが祝福された関係を結ぶか否かにかかっている。この単純な説明は、わかりやすくて、銘醸地というものが宿命的に定まった場所に形成されてきたのだという観念を、人々に植えつけてしまったように思われます。

 それは、伝統産地における銘醸畑がすでに出現してしまった以後に語られるようになったせいかも知れません。その畑から凄いワインが産出しているのですから、そこは神の恩寵を受けた土地に違いないのです。ブドウはといえば、そのあたり一帯に同種のものが広く栽培されていたでありましょうから、ブドウの品種に内在するポテンシャルについては、土地の力と比べると、強く意識することはなかったに違いありません。その証拠に、伝統産地のつくり手が、これまで外へ向かって自分達の何を強調したかといえば、それは品種ではなく、畑の固有性でありました。

 あたりまえのことですが、どこへでも移しかえられる品種に自己のアイデンティティを託すことはできません。畑こそが、拠って立つ基盤なのです。けれども、それは本当に強固なものなのか。新興産地の躍進で、実は、そこがぐらつき始めています。

 新世界のワインがロンドンやニューヨークといったワイン文化の周縁に位置する大都市で認知されるようになったとき、つまり、カベルネ・ソーヴィニヨンとシャルドネによってワインづくりが文明化したとき、伝統産地特にボルドーとブルゴーニュはどう反応したでしょうか。

 内側へ向かっての反応は、カリフォルニア、オーストラリアにリードされた醸造技術の巻き返しをはかることでした。伝統的、守旧的なつくりに安住していられなくなったからです。

 外側、それはボルドーやブルゴーニュが優位を維持し続けなければならない海外市場のことですが、そちらに対しては「テロワール」を強く主張することでした。

 新興産地が台頭する以前は、「ボルドーの赤」といえばカベルネやメルローのワイン、「ブルゴーニュの白」といえばシャルドネのワインであることが暗黙のうちに語られていて、産地名は品種の代名詞として機能していました。その実体である品種が、新興産地のワインのアイデンティティを担う事態となったとき、産地名は真の意味での実体であるブドウ畑のアイデンティティを声高に主張せざるをえなくなったのです。そして、そのとき必ずといってよいはど、キーワードとして使われるのが「テロワール」という言葉です。



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