余話。その3

                                                  
伝統産地VS新興産地
-テロワールは産地の名声を支えるか(1-3)−
 
 
 さて、ワイン産地はいかに形成されたか。今日、著名な産地を訪ねると、必ずといってよいほど、その土地のブドウ畑の歴史を聞かされます。それは、ワインの産地が形成されていく歴史そのものだからです。

 そうして、いろいろな土地で、その地方のワイン産地がどのように発展してきたか、幾度か見聞き重ねているうちに、なんとなく分かってくることがあるんです。それは、産地の個別の史実を捨象したところに浮かんでくる光景といったらよいでしょうか。そんなに難しいことじゃないんです。つまり、歴史的に見るワイン産地の形成は、Vitis viniferaの栽培地がdiffusion(拡散)していく現象そのものなんだ、ということです。

 当たり前のことなんですが、これを自覚する前と後では、私自身、ワインづくりについて発想の仕方が変わったような気がします。

 それはさておき、現今、人気の高まった南半球のワインは、アメリカのワインも含めてヨーロッパ世界からVitis viniferaが海を越えて拡散したことによって形成された産地という共通項をもっています。

 ブドウが遠隔地へ拡散するのは、すべて人間の仕業です。カフカス地方が原産地といわれるVitis viniferaが、有史以前、すでにユーラシア大陸に広く分布していたのはそのせいでありましょう。しかし、大西洋をわたるには大航海時代とそれに続く新世界発見、征服、入植、まで待たなければなりません。

 新世界のワインを、新しい産地のワインと見るのは、まず第一に、Vitis viniferaの伝播がヨーロッパのワイン産地に比べて格投に遅れていた、ということがあります。しかし、それだけなら、すでに500年近く経過しているのに、なぜ新興産地といわれなければならないのか、疑問は残ります。

 実際、新世界のワイン生産と、それが世界的に注目されるようになるのとは、次元の違う問題なのです。ヨーロッパの伝統産地に対して新世界のワイン産地を「新興」と位置付けるのは、アメリカやイギリスの大都市マーケットで、両者が競合関係に入り始めてからであって、それは1980年代以降だといってよいでしょう。

 それ以前、新世界のワインは、おそらく伝統産地のつくり手の眼中にはなかったと思います。伝統産地に対して追う者としてあった新世界の産地は、現実的には輸出など殆ど考えていませんでした。地場の、土俗的なスタイルのワインを愛着する嗜好にあわせて、守旧的なワインづくりで事足りていたのです。これは醸造技術のレベルが低いために、そのようなワインしかつくれなかった、ということではありません。

 良いワインは、良いつくり手の力だけでは生まれません。良い飲み手がいて、それを求めるとき、はじめて良いワインは世に出るのです。新世界のワインにとって、そのような飲み手とめぐり逢えたのが、輸出市場でした。以来、新世界のワインは自己主張するワインのつくり手達によって、急速に変貌を遂げたのです。

 その時、新世界のブドウ畑に、彼等の意志を表現できるポテンシャルの高いブドウが、すでに根を張っていたことは、実に幸運というべきでありました。



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