| 前回は醸造技術に視点をおいてお話しましたが、今回はブドウの「品種」を切り口に、時代とともに変化していくワインについて考えてみます。そのキーワードは「文明化」です。 醸造という仕事が、経験則である「技」を持った職人から、学理に基づく「技術」を身につけた技師達に引き継がれたとき、近代化が始まりました。前回はそのことをビールを例に引いて申しました。その「技術」は冷凍機とか酵母の純粋培養装置といった具体的な道具の上に成り立っています。ビールという飲みものには5000年、あるいはそれ以上の長い歴史があるといわれますが、日本では幕末までまったく知られていません。ところが、明治20年代には、もう世界の最先端に並ぶ工場が幾つも稼働しているのですね。 一方、ワインには具体的な「技術」の拠り所が見えない。どうやっても一応のものは出来てしまう。各地各様のままです。それならば、日本で勝手にやっても成功するのかというと、現実はそうではない。不具合をどう解決したらよいか、わからない。「技術」は不具合をおこりにくくする仕組みなのです。 こういうわけで、日本のビ−ル工業はたちまち近代化を達成します。別の言葉で申しますと、ドイツのビール工業が文明化の段階に達していたから、日本はそれを移転できたのです。こんなことを前回はお話しました。 文明というのは具体的であり、文化というものは曖昧模糊としていて精神的なものです。日本のビ−ルは明治以降ひたすらに文明化した飲みものとして巨大な産業に成長していきました。けれども、ビールそれ自体は何千年もの間、曖昧模糊とした中でつくられ続けてきたのです。ビールを文明の酒、ワインを文化の酒、そんなふうに決めるわけにはいきません。ビールにおくれること100年、ワインもまた文明化の時代に入ったのではないか。それが今回のお話のテーマです。 |