Report

川上善兵衛の精神を
受け継ぎつつ進む
品質向上への新たな取り組み

創業120周年
岩の原葡萄園を往く

 「岩の原ワイン マスカット・ベーリーA 2007」が昨2009年の「国産ワインコンペティション」の国内改良品種・赤の分野で、金賞および最優秀カテゴリー賞をダブル受賞した。そして、マスカット・ベーリーAの産みの親である川上善兵衛が興した岩の原葡萄園が、今年で創業120周年を迎えた。
 信越本線高田駅から東へほぼ10㎞。稲田が広がる頸城平野を進んでいくと、妙高連山の山裾にこじんまりとした景観のワイナリーが現れる。ちょっと見ではここが日本のワイン造りのルーツとなるワイナリーのひとつであるとはとても気がつかない趣だが、ワイナリーの背後、三基山の斜面には葡萄畑がパッチ状に広がっている。
 高田といえば広く知られた日本有数の豪雪地帯だが、温暖化の影響により平成の時代になってから積雪量はひと頃の半分まで減ったという。しかしこの地の年間降雨量はおよそ2770㎜。850㎜といわれるボルドーと比較すると、その雨量は3倍以上、甲府と比べてもほぼ2.5倍もあり、しかも少なくない量が冬期間に集中しているという。記者がワイナリーを訪問した師走も間近という日も、肌寒い雨がしのつく天候だった。

岩の原で何故?
 江戸時代から続く大庄屋の6代目として明治元年に生まれた川上善兵衛がどうして、当時としては全く未知の分野であった葡萄栽培とワイン造りに命をかけることになったのか、そして葡萄栽培の好適地とは決して思えないこの地でそれを実践することになったのか。その答えはただ一つ、当時の小作農民達の困窮を助けるためだった。日本一の米どころといわれる新潟は泥地で、米作しかできない。しかし、当時の稲作は寒さに弱く3年に一回は凶作となる。これを救うには、基幹食料である稲田をつぶさずにできる農作物の開発とそれを利用した産業を興すことだった。善兵衛が葡萄栽培とワイン造りにその解決策を求めることになったきっかけは、親交厚かった勝海舟の影響も少なくないといわれるが、1890年、善兵衛は自家の庭園を壊し果樹栽培の準備を始め、「岩の原葡萄園」と名付けた。
 岩の原はもともとこの地の集落の名前であり、文字通り岩が多かったためだという。地元の農民救済が目的である以上、他の土地で葡萄栽培することは考えられなかったし、今日、北半球では日照に恵まれた南向き斜面に葡萄を植えるのは基本の基本だが、自家所有の地続きの斜面が北向きであっても不利を承知でそれを利用するしかなかったというのが真相なのだろう。
 かつて50ha(15万坪)もあった先祖伝来の田を売り払い資財をなげうっての善兵衛の努力と苦闘は、1944年に76歳で没するまで続いた。今日の日本における本格的なワイン造りへとつながる善兵衛の功績は、ひとつ二つにとどまらないと言われる。しかし、その最大の功績は日本の気候に適して病害虫に強く、しかも美味しいワインを産みだすための交配品種の開発にあるだろう。善兵衛はその生涯をかけて交配に取り組み1万種を超える新品種を生みだし、その中から22品種を発表した。
 その一つ、マスカット・ベーリーAはベーリーを父に、マスカット・ハンブルグを母にもつ交配品種で、8分の5はヴィティス・ヴィニフェラ種を受け継いでいる。今日、日本各地で栽培されているこの品種は年産約1万2000トン。生食用を含む品種別収穫量の第4位を占めている。また、第1位の巨峰は、善兵衛がアメリカから輸入したキャンベル・アーリーとセンテニアルを掛け合わせたものだし、第3位のピオーネは巨峰とカノンホール・マスカットの掛け合わせだ。このように、日本における葡萄収穫量のほぼ6割は善兵衛が輸入したり交配した品種が基となっているといわれる。

善兵衛の意志を継ぐ葡萄栽培
 今日、岩の原葡萄園では、総面積23haのうち6haで葡萄を栽培している。かつては畑が18.3haあったが、標高250mの見晴らし台へと続く畑は斜度がきつく機械が入らない、雪融けとともに表土が流れ葡萄樹が倒壊してしまうといった問題があり、結局栽培をあきらめなければならなかったところも少なくない。現在、低地の暖傾斜の畑では平棚で30年樹齢のマスカット・ベーリーAが栽培されているが、徐々に垣根の割合を増やしている。別の一画ではマスカット・ベーリーAのほか、ブラッククィーンやカベルネ・フランも。
 マスカット・ベーリーAは樹勢が強く、早熟。植えて10年もすれば立派な成木となるが、そのかわり30年もすれば植え替えが必要だ。「もうひとつの問題は玉の着き方で、粒も房も大きくなりがち。それをどうやっておさえて、色づきのよい凝縮した葡萄を収穫するか、まだまだ研究の余地はあります」と、岩の原葡萄園の社長を務める坂田敏氏は語る。畑の一部では2003年から減農薬、減肥料の“新潟県特別農産物栽培”(現在有機転換中)にとりくみ、枝葉は乾燥してコンポストに使っている。
 スマート方式を採用した見晴らし台にある畑では、農業高校の女子生徒が雨風にさられつつ農業実習の一環として剪定作業に取り組んでいる。毎年3年生がやってきて収穫したワインを仕込んで、2年後の成人式に記念品としてプレゼントされるのだという。さらに、地元の高士小学校では全校あげて“善兵衛学習”に取り組み、卒業アルバムにまとめている。
 このように、川上善兵衛は郷土が誇る偉人であり、善兵衛が興した岩の原葡萄園は地域に溶け込んだ存在となっている。

石蔵と冷気隧道
 温度調節付きのステンレス発酵タンクが発明されるはるか以前、明治の半ばに善兵衛は雪室を利用したワインの低温発酵を開始した。日本でもっとも古いワイン貯蔵用の石蔵「一号石蔵」は2008年に国の登録有形文化財に認定された。また、上越市の指定文化財となっている2号石蔵は、現在、マスカット・ベーリーAを70%使った「深雪花」以上のワインの樽貯蔵庫として機能している。
 往時の面影を今にとどめるワイナリーの壁面には、背後の山から冷気を引き込む隧道が今も健在だ。この自然換気システムのおかげで、ワイナリー内部は夏でも19℃に温度が保たれているという。
 そのワイナリーの一画にはフランスから取り寄せたというピュピトル(動瓶架台)も。これは昨年末、岩の原葡萄園の120年の歴史の中で初めて商品化され発売された瓶内二次発酵方式でつくられた2種のスパークリングワイン用。使われる葡萄は善兵衛ゆかりの交配品種で、白ブラン・ド・ブランはローズ・シオター、ロゼはマスカット・ベーリーA。どちらもノンヴィンテージながら100%2008年産の葡萄が使われ、瓶内熟成6か月。ブリュット・ナチュール仕立てで、爽やかな酸味が特徴。とくに、ロゼは淡いピンクの色調、ベーリーA特有の甘い香りが爽やかな酸と調和して飲み口の良い味わいに仕上げられている。ベーリーAの魅力を再発見する喜びを与えてくれる一本だ。ルミアージュ(動瓶)からデゴルジュマン、打栓、ラベル貼りまで全て手作業でつくられたこのスパークリングワインは初年度それぞれ2500本だとか。

試飲ノート
 国産ワインコンクールで金賞を受賞した「マスカット・ベーリーA 2007」。有機葡萄を半分、残り半分は同じく自社畑の30年樹齢の葡萄のワインをつかい、それぞれアリエの樽で11か月熟成したものをブレンドしたこのワインは、ベリーなどの赤い果実の香りが豊かで、ボディもしっかりしている。有機転換中の葡萄をつかった「マスカット・ベーリーA 2006」はソフトなアタック、滑らかなテクスチャー、素直に表現された果実味が飲み手を優しく包み込んでくれる。
 栽培条件としては決して恵まれているとはいえない場所でも、造り手が高い志を掲げ、丁寧な作業を積み重ねれば、結果としてのワインはそれなりの答えを出してくれる。マスカット・ベーリーAのポテンシャルは侮れない、ということを改めて教えてくれるワインだった。
 「地元ではここ20年来支援を続けてくれているが、東京での認知度はまだまだ低く、岩の原のワインを飲んだ人は少ない。もっと知って欲しいし、もっと飲んで欲しい。そして、飲み手にワインそれぞれの個性をきちんと評価してもらえる、そういうワイン造りをこれからも進めて行きたいとおもっています」と、坂田敏社長。サントリー入社以来14年間にわたりワイン部に在籍し、その後、清涼飲料水「CCレモン」や発泡酒「スーパーホップス」、健康飲料「黒烏龍茶」などのヒット商品の開発に携わってきたが、ワインに対する想いもだしがたく2008年9月から岩の原葡萄園の社長として再びワインの仕事に関わるようになった。