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ボルドー大学醸造学部発表の
「ミレジーム2008」

 かつてワインは醸造所で造られると考えられていた。しかし、今では葡萄畑で年間通じて行われる様々な仕事の結果がワインの質を決めるという常識に戻っている。とりわけ興味深いのは、様々な技術を使って精密な醸造が行われるようになってからますます栽培面の重要性が明らかになってきたことだ。同時に毎年変わる気象条件が人知を越えてワインの質に大きな影響を与えることが再認識されて、これまで以上にミレジームに関心が集まっている。
以下は、ボルドー大学醸造学部のドゥニ・デュブルデュー教授らがまとめた2008年産ボルドー『ミレジーム2008』と題するレポートの要約だ。

 ボルドーにおける収穫葡萄の質は幾つかの単純な原理によって決まる。ミレジームの分析の前にその原理を整理しておこう。
 赤ワインが《完璧なミレジーム》になるためには次の5つの条件を満たしていなくてはならない。

(1) 受粉がうまくいくように早い時期に短期間で開花が行われること。これによって十分な収穫率と均一な成熟を期待出来る。
(2) 結実期に旱魃ぎみで水分ストレスがあること。これにより若い葡萄の粒が大きくなりすぎないように制限し、豊かなタンニンを得ることが出来る。
(3) 色付き期前に強い水分ストレスがあり、葡萄樹の成長がしっかり停止すること。
(4) 葉の成長期から収穫期に至るまで最適な進行が続き、葡萄が完璧に成熟すること。
(5) 収穫期に穏やかな天候がおとずれること。これによって、果汁が薄まったり、黴が繁殖したりするのを心配せずに、晩成の品種や成育の遅い葡萄の成熟を待つことが出来る。

 最初の2点は春にあまり雨が降らず、かなり暑い天候になることが前提になる。3点目はミレジームを決定するもので、必要不可欠のものだ。この条件、つまり色付き期前に葡萄樹が成育を停止するためには土壌に含まれる水分が少なく、容易に水蒸散を行うことが出来る広い面積を持った葉と、7月の十分に乾いた天候が必要になる。
 4点目の条件を満たすには8月がほどよい暑さで9月の初めに小枝の成長を再度促すことのない程度の、そして光合成に役立つ、ほどよい雨が必要になる。
 収穫期の理想的な天候は夜寒く、昼暖かいこと。この5点目の条件を得るためには、低気圧からジロンド地方が守られるように9月、10月に大西洋上の高気圧が安定していなくてはならない。
 完璧なミレジームが希なのは、海洋性気候の影響をうけるボルドー地方でこの5つの条件を満たし、大過なく全成育過程を終えることが難しいからだ。
 2005年、2006年、2007年をみれば上記の5つの条件がよいミレジームに必要なことがはっきりと分かる。2005年は本当に全ての条件が満たされた。2006年は良質な年で3つの条件が満たされている。2007年はかなり良い年だが、充足している条件は5番目のみだ。最後の条件が満たされて救われた年だ。
 2008年は春に雨が多く降り、続いて3月から6月半ばまで曇りの日が多かった。また、4月の初め、霜で多くの畑が被害を受けた。2008年は開花が遅く始まり混乱した。最初の2つの条件を満たすにはほど遠い。しかし、7月は乾いていて晴れたので良いテロワールでは3番目の条件を完全に満たした。
 8月はパッとせず、9月に入り乾燥し、好天になったが、4番目の条件を部分的にしか満たさなかった。9月末から10月末までの収穫期はどちらかと言えば乾燥していて肌寒く、よく日がさした。これにより、5番目の条件、つまり遅いミレジームが成功するために欠かせない条件が満たされた。
 2008年は5つの条件のうち、4番目の条件が部分的にしか満たされなかったことを考慮すると2.5が満たされたことになる。だから2008年産は例外的なミレジームの系譜には属さず、良いミレジームに含まれる。

 辛口白ワインが成功するためには健全で糖度が高く、果実味と十分な酸味があり、果皮にあまりタンニンを持たない葡萄が必要になる。こうしたバランスのよい葡萄は夏が温暖で、色付き期の後、過度な暑さや旱魃がなければ、普通のテロワールでは容易に得ることが出来る。2007年と同様、2008年もそうしたケースだった。
 一方、ソーテルヌ、バルサックが偉大なミレジームになるためには糖度が高く、果実味と酸味のある葡萄に貴腐が付き、それが繁殖する条件が整った時だ。つまりボトリティスに好都合な僅かな湿り気を帯びた時期と葡萄の粒を濃縮させる乾いた時期が交互にやってくることが必要になる。2008年の秋の天候はこれを可能にした。しかし、多くの畑が4月初めの霜と5月の雨で被害を被ったため、収穫量は劇的に少なかった。
(中略)
 2008年のような難しい気象条件下にあっても以下の4つの要件があれば最悪の結果を和らげることが出来る。
・土壌に含まれる水分が少ない場合
・葉の合計面積が広い場合
・早い時期に細かな葡萄樹の世話を行った場合(余分な葉や不要な枝の切り落とし、不要な房の除去など)
・収穫率が低い場合
 最初の2点は不利な天候でもある程度水分ストレスを促進する効果がある。また、葡萄樹周りの細かい作業を行うことで葡萄の実の大きさを制限し、同時にワインから植物的な味わいを無くすことができる。しかし、十分な効果を得るためには細心の注意を払って手で作業をしなくてはならないため経費は大変高くつく。また、2008年のような条件下で十分濃縮し、色の濃い葡萄を収穫するためには少収穫が必須の条件となる。
(中略)
 2007年と同様に、2008年は成熟がゆっくりだったので収穫期間が長引いた。しかし、収穫率が低く、これよって葡萄は容易に成熟した。同時に、病害虫から葡萄樹を保護する為の適切な処置、葡萄樹の厳格な世話、さらに収穫期の乾いた天候などのおかげで葡萄は申し分のない衛生状態の中で収穫された。ベト病の早期の繁殖も心配したほど有害な結果をもたらさなかった。
 乾いた好天と涼しい夜は、ゆるやかで一定のリズムの成長を促し、それが、色素とタンニンの素晴らしい濃縮をもたらした。

 収穫期に最良の葡萄を得る為に、収穫日を最大限遅らせ、時には収穫を数日間中断する必要があった。成育の早い粘土質のテロワール、または石灰質の台地の部分で良いメルロが出来た。しかし、成育が遅い地域、砂質の土壌では期待はずれの質になった。
 右岸のカベルネ・フラン、左岸のカベルネ・ソーヴィニョンは、惜しげなく行われた葡萄樹の手入れや努力が報われ、良い質の葡萄を得ることができた。プチヴェルドはこうした成育の遅いミレジームでは最悪の結果になるのではと心配されたが、素晴らしい結果となった。遅い収穫時期の天候がカベルネと同様に役だった。
夏が涼しく成熟の遅い年には、特にカベルネの場合IBMP(isobutylmethoxypyrazine)の含有と結びついた青ピーマンのフレーヴァーの痕跡がかつては残った。こうしたものは今日、適切な窒素の供給や葡萄樹の樹勢の制御、早い時期の葉の摘み取り、色付き期の終わりの摘果作業などにより回避されるようになっている。特にカベルネ・ソーヴィニョンに好都合な小石混じりのグラーヴのテロワールでは、全く植物的な性格のない葡萄を得ることができた。しかし、その他のテロワールでは完璧とはいかなかった。
 2008年の気象条件は、辛口白ワインにとっては《完璧なミレジーム》の条件をほぼ満たすものだった。実際、ソーヴィニヨンは糖分と同時に酸味、果実味があり、皆が一致して高く評価する2007年産と同じか、それを上回る質を持っている。セミヨンの質は誇張なく、例外的だといえる。その濃縮度、バランスは非常に少ない収穫量によるところが大きい。
 ソーテルヌとバルサックの収穫は9月半ばから11月初めまで長引いた。貴腐は最初ゆっくりと繁殖したため、質の良い貴腐葡萄を得る為に数次に亘る収穫が必要になった。こうした作業は必要不可欠だが同時に高くつく。ボトリティスは湿った短い時期の後、10月の初めに広がった。そして貴腐葡萄の最後の収穫に好都合な、乾いた十分長い期間が10月末にあり、そこで大部分を収穫した。
 2007年の豊かさには達しないが、2008年産のソーテルヌとバルサックの搾汁は純粋で、果実味があり、素晴らしい糖と酸味のバランスがある。

 2007年産と並ぶ素晴らしい白の辛口をつくることが出来るとは思っていなかった。しかし、2008年産は例外的な果実味、濃密さ、長さがある。赤ワインの質を判断するにはもう少し時間が必要だが、濃い色と質の良い果実味、構造、タンニンの新鮮さは良いミレジームの偉大なボルドーワインにふさわしいものだ。

 ソーテルヌとバルサックは残念ながら非常に収穫量が少ない。しかし、華々しさ、生き生きした活力、魅力的な精気がある。純粋で重くない甘口白ワインの愛好家を満足させるだろう。