An Argentinean Wine Profile
人の技、熟練、マルベックの極致
トラピチェ・マノス
「アルゼンチンにおける私の仕事はワインを改良することであった。その必要を認めていたのは、ヨーロッパの銘醸ワインの味を知り、アメリカ市場への輸出を夢見る少数の人達、オーナーとその側近の数人であった。そして、二年目の仕込のあと、彼等は、『これならアメリカにもヨーロッパにも輸出できる。見違えるほどきれい(fine)になった』と私の肩をたたいたものであった。しかし、彼等は輸出用にごく一部のワインの製法を変えただけであった」(『比較ワイン文化考』麻井宇介)。
今から30年前、他に先駆けて欧米への輸出を意識し、ワインの改良を日本人醸造家・浅井昭吾に託したのはボデガス・トラピチェだった。以来、トラピチェはアルゼンチンワイン産業の先頭に立ち、品質改善の道を整える役割を果してきた。今日、北米市場を中心にアルゼンチン・マルベックが大きな評価をもって受け入れられるようになったのは、トラピチェの尽力によるところが大きい。
久しぶりに会ったパラグアイ生まれ日系二世のエノロゴ、キヨテル・ホシノが「葡萄もワイン造りも世界水準に達しました。これからは新世界の生産地に伍してメンドーサの特徴を何に求めるか、何を主張するかです。そして、それはメンドーサ独特の標高差によって生まれる個性的なマルベックだと思います」と語りかけてきた。ホシノがメンドーサの醸造学校に通っている頃、浅井がやってきた。通訳をしたのが縁で1975年にホシノはトラピチェに入社した。ひとしきりホシノと昔語りをした。「浅井さんに、いまのトラピチェを見てもらいたかったなぁ」とホシノは少し感傷的になった。
イスカイのしなやかさ
トラピチェはメンドーサに9つの畑、あわせて1000haを所有している。ウコ・ヴァレーにマルベックの新しい畑を拓き、ルハン・デ・クージョやマイプの古い畑の灌漑方法を改良し、仕立て方を変え、キャノピー・マネジメントを取り入れた。そして、ボデガの前の5haは3年前からバイオダイナミック農法を採用している(2009年が初ヴィンテージで、300Lのマルベックを仕込むことができたという)。しかし、自社畑1000haの葡萄では足りないので、さらにおよそ1000ha分の葡萄を購入している。契約栽培畑には栽培技師を巡回させ品質向上に抜かりはない。
1997年がファースト・ヴィンテージの「イスカイ」は先住民族のケチュアン語で“ふたつ”という意味。トラピチェは“二つの結合、調和”をそのアイコンワインに託すことにした。二つの葡萄(マルベックとメルロ)、二つのワイン文化(アルゼンチンとフランス)、そして二人のワイン・エキスパート(アンヘル・メンドーサとミッシェル・ロラン)のかかわりが結合して「イスカイ」が生まれた。その後、アンヘル・メンドーサが退職し、ミッシェル・ロランがコンサルティング職を辞したので、現在は栽培責任者マルセロ・ベルモンテと醸造責任者ダニエル・ピがラベルにサインをしている。
最新ヴィンテージ「イスカイ2006」を試飲した。深みのある赤紫色、プラムとカシス、甘いスパイスの香り。口に含むとしなやかなタンニンと上品な酸味がうまく調和し、幾つかの層を成したやさしい味わいがミドル・パレットに広がる。かつての色調の濃さ、重さ、過剰なまでの力強さがすっかり姿を消していた。マルセロとダニエルが、イスカイにしなやかさと調和をもたらしたようだ。
修復された堅牢なボデガ
過去3年、トラピチェは1000万米ドルを投じて葡萄畑の取得とボデガの改造を行った。以前のボデガに隣接する1912年建設の古い石造りの建物を2006年に購入した。このビルディングはかつてボデガとして建てられたものだが、アルゼンチン国内消費の激減で休業を強いられ、ながらく放置されていたものだった。トラピチェは2年間かけてこの建物を修復・改装し、2008年にここに移転した。
新装されたボデガは、古き佳き時代のメンドーサの姿をあちこちにとどめている。がっしりしたレンガ造りの建物の傍には鉄道の線路がある。大量消費時代にワインをブエノスアイレスまで輸送した貨物列車の引込み線の名残である。
約200hL容量のコンクリートタンクは内部に温度調節器を取り付け、上部にステンレス製の蓋を設えて、そのまま使うことにした。
「メンドーサの4月は時々急に気温の下がる日があるのです。そんな時、INOXで赤ワインを醸していると非常に神経質になってしまうのですが、コンクリートタンクなら温度をうまく保ってくれるという安心感があるのです」と、ホシノが採用の理由を説明した。
他にもオーク・ファメンターや、上下が分かれて二層になったステンレス発酵タンクなど最新設備が揃っている。また、テイスティングルームの床の一部がガラス張りになっていて、階下の樽熟成庫が見える仕掛けになっている。20世紀初頭の堅牢な建築様式が、およそ100年後にこのような“遊び”を可能にしたのである。新しいボデガは10万hL(100万ケース強)の製造能力がある。トラピチェはこのボデガのほかにも発酵設備を持っているので、全部で30万hLの製造能力を持つことになった。
こうしてトラピチェは、アルゼンチンワイン世界販売数量NO.1ワイナリーの座をしっかり確保し続けている。そしてその商品群は、「トラピチェ・ヴァラエタル」「オークカスク」「ブロケル」「メダージャ」「イスカイ」と、リーズナブルなものから高額品まで全ての価格帯に対応している。
マノスが表現するもの
メンドーサといえばマルベックである。トラピチェは商品レンジ毎にさまざまなマルベックを造りだしている。2003年からは、毎年3軒の栽培家を選び、土地の個性と栽培家への感謝を込めた「マルベック・シングル・ヴィンヤード」をリリースしている。これまで、90歳を超えてなお矍鑠と畑仕事にでかける栽培家や、姉妹で畑作業を切り盛りする栽培家など、とてもユニークな人々のマルベックが醸され、このボトルに詰められてきた。メンドーサ・マルベックのクオリティの高さと葡萄栽培者の多様さを知ることのできる逸品である。
そして今年、メンドーサ産マルベックの集大成ともいうべきボトル「トラピチェ・マノス2004」がリリースされる。これはウコ・ヴァレーのサン・カルロスにあるアルタミラ畑のマルベック100%で造る。“マノ”は「手」を意味するスペイン語である。そしてそれは同時に労働力としての人手や手作業、あるいは技能、熟練を意味し、時には友達、仲間という意味合いも含むらしい。ともかく「トラピチェ・マノス」は手作業に徹底的に拘ったワインである。
人手をかけてていねいに栽培した葡萄を一房ごと手摘みする。選別台で房選りしたあと、手で梗を取り除いて一粒づつ顆粒を選別する。そのあとが圧巻だ。全体の3分の1にあたる顆粒は手で果皮を剥き、中にある種と果肉を取り除く。つまり果皮だけを使うわけだ。残りの3分の2は顆粒をまるごとオークの発酵槽(60hL)に入れる。
自然酵母が活動してアルコール発酵が終わるまで15日~18日ほどかかる。この間、温度は23~25℃で、頻繁にピジャージュを繰り返す。その後、最低10日間のマセレーションを経てジュースを取り出し圧搾してフレンチオークの新樽に詰める。乳酸発酵は樽の中で進行する。18か月間の樽熟成と24か月のボトル熟成を経て漸く市場へリリースされることになる。だから今年のリリースは2004年産だ。
「トラピチェ・マノス2004」を試飲した。
濃いルビー色。ブラックチェリー、プラムなど黒い果実のアロマ。リコリスとシーダーの香り。やさしくデリケートなアタック。熟したマルベック独特の甘さがモカやカシスなどのヒントを伴って口の中いっぱいに広がる。
円くてしなやかなタンニンときれいな酸味が調和して、のど越しをすっきりさせる。余韻はとても長い。メンドーサ・マルベックの特性を上手に表現した逸品である。
1990年代の終わりに訪ねたとき、ペニャフロールの広大なボデガの一角に、当時の最新設備をそろえたトラピチェ専用のワイナリーがあったのを覚えている。10年以上の時が流れ、新しくなったボデガの周囲には人造池とオリーヴ林があった。あちこち眺めたが当時を想いおこすきっかけになるものは何も見当たらなかった。しかし懐かしい人の顔と、マルベックを中心に据えた進取の気象は当時となにも変わらない。ただ熟成の時間を経たぶんだけ深みを増していた。