UNCORK

COLUMNIST
デイヴィッド・コッボルド


バイオダイナミックは本物か黒魔術か

 葡萄畑でバイオダイナミック農法を採用するワインメーカーを、ワイン試飲会場でもワイン雑誌でも見かけることが多くなった。葡萄畑でのバイオダイナミック農法の実践はフランス、スイス、イタリア、オーストリア、ドイツ、オーストラリア、チリ、南アフリカ、カナダ、アメリカなどで近年ポピュラーになっている。注目を集めるワイン生産者のうちの幾つもが、近年、バイオダイナミック農法に切り替えている。それで、ファインワインの世界では、それは明らかに一種の流行になっているのだが、バイオダイナミックという言葉の意味するところはなんだろう。仮にそれがなんだか分かったとしても、バイオダイナミック・ワインを買う消費者のメリットとはなんだろうか。

 まず明確にすべきは、これは“バイオダイナミック農法で栽培した葡萄で造ったワイン”であって、ワイン造りにバイオダイナミックのテクニックが用いられているわけではなく、その農法で葡萄を作ったというだけということだ。この言葉の意味には二つのルーツがある。ビオは古代ギリシャ語のbiosに由来する「生命」を意味し、もう一つのダイナミックはこれまた古代ギリシャ語のdunamis、つまり「力(ちから)」である。この二つが合わさって「生命力」とか「生命の躍動」というような意味になった。
  この運動はドイツ人のルドルフ・シュタイナーが提唱したもので、彼は亡くなる1925年までの生涯をかけて、農業への回帰に関するたくさんのトピックについて著述したり講演したりした。彼の著作は多岐にわたるが、彼はどうみても“口にはするけど実践はしない”ことをモットーにしていた人のようで、決して彼自身が直に農業に携わることはなかった。それにシュタイナーはワインもその他のアルコール飲料も一切、口にしなかった。そして正しい農業実践のヴィジョンを“バイオダイナミック”と名付けた。
 このヴィジョンには工業社会の出現によって失われてしまった“父子相伝の実際的な農民の知恵”がたくさん含まれていると同時に、彼の提唱するアントロポゾフィ(人智学とでもいうのだろうか)で組み立てた難解な理屈で味付けされている。ここでは農業は包括的な生態系の一環とみなされるべきだと考えられている。そして、なかんずく、太陽と月(天体すべて)が地球上で育つもの全てに直接的に影響を及ぼしており、その作用は重力とか天体間の引力といった単なる物理現象ではなくもっと“スピリチュアルなもの”とみなされている。

 宗教的要素とシュタイナー理論は分かちがたいものである。彼の農業講座のタイトルには“霊性”という単語が含まれており、今日のバイオダイナミック関連のウェブサイトは、“社会、宗教、霊性”と入力して検索すると見つけることができる。シュタイナー自身は生涯で何度か宗教的啓示を得たようで、19世紀末の神智学者としての汎神論から熱心なキリスト教へと宗旨変えをしている。宗教団体は創始者に対していつまでも変わらぬ付託をするのが普通だ。そして創始者はその信奉者から神聖視される。当代のシュタイナー信奉者も例外ではない。しかし私は、彼らの多くがまじめにグルの思想をあらゆる側面から研究分析しているかどうかとても疑わしく感じている。
 シュタイナーはゲーテとニーチェの信奉者としてスタートし、36歳の時に霊界を見ることができるようになって、神聖なる存在に通じることができるというお告げを得たと主張している。そして神智学のマダム・ブラヴァツキー派に加わるも、有色人種でヒンドゥ教徒のクリシュナムルティが“スピリチュアル・リーダー”になった1913年にすぐに離脱した。これはドイツにおけるアントロポゾフィ協会のさきがけで、最小限言えることはその教義の多くがおどろおどろしいものだったということだ。たぶんそれは信奉者の中でも何人かの人々、たとえばルドルフ・へスやナチの農相ワルター・ダーレ、ダッカウにバイオダイナミック・ガーデンを拓いたヒンムラーといった指導者たちにとって価値があったのだろう。
 “自然の秩序に則った生活”を植物界へ適用することは可能だろうが、ネオナチは措くとして、1989年にシュタイナー伝を著したハーバーバックの“人種変質”論を擁護できるひとなどいないはずだ。シュタイナー自身は、科学的知識に疑いのある人がおしなべてそうであるように、明らかな人種差別主義者だった。シュタイナーは白人女性が妊娠中に“黒人の小説”を読んではならない、さもないと“混血児”が生まれてしまうと信じていたようだ。


フランスのバイオダイナミック農法とそのワイン

 しかし今日の葡萄畑におけるバイオダイナミックの実践は、もっぱらシュタイナーに委ねられているわけではない。彼の風変わりな考えと農業への難解なアプローチの仕方は、多くの人の興味をそいでしまうに足りるものだ。けれどもバイオダイナミック農法を採用している生産者が造るワインの真の品質には一見の価値がある。私はたくさんのフランスにおけるバイオダイナミック実践者と話したことがある。彼らのうちの数人はニコラ・ジョリー(クーレ・ド・セラン、ロワール)の不可解なやり方ですすめる農法についてとくとくと語る。ニコラ・ジョリーもまたシュタイナーの著作にあるかなり“やっかいな”事柄の多くを受け入れることを躊躇っているのだが。
 こうした醸造家の多くはバイオダイナミック農法で造ったことをラベルに表示していないのは興味深いことだ。その理由の一つは、バイオダイナミック認証ラベルを発行する機関が、この農法には何が許されていて何が許されていないかを判断する際に、実に融通の利かない傾向があることだ。宗教ならばそういうことも許容できるだろうが。もう一つの理由は、生産年によって葡萄をどのように栽培するかを彼らが自由に選択したいという思いがあるからだ。もちろん彼らの多くは、この運動の創始者について詳しく知ったならば、願わくばそんなやっかいな指導者を引き合いに出すのは止めたいと思うだろう。

 アンセルム・セロスは最も傑出したシャンパーニュの造り手の一人だが、1996年に初めて試みたバイオダイナミック農法によって、彼の気持も時間もすっかり支配されてしまい家族の生活に大異変が生じてしまった。彼はいま、もっと寛いだ実用的な方法を採用していて、何かしら致命的な病害から畑を守らなければいけないような緊急時には農薬の使用をためらわない。セロスは問題に対して科学的な対処をすべきだと主張し、防衛機制を築きながら土壌を活性化させる方法を理解しようと努めている。私と話しあう時にいつでも彼は、かつてのシュタイナーではなく、フランスで最も影響力のある農学者クロード・ブルギニヨンに言及する。
 他にも、たとえばラングドックのピク・サンループで4haを耕すクリストフ・ボーなども似たような概して科学的といえる対応をしている。ボーは“効率的”だからバイオダイナミック農法が好きなのだという。それは明らかに、地中海沿岸のように乾燥した気候が支配的な地域では、湿気による葡萄の病害が少ないことを意味しており、それゆえ病害に対処する必要もまた少ないわけだ。そういう気候のもとではどんな形態の有機栽培であっても(バイオダイナミックもひとつの選択肢だが)その実践が容易だといえる。
 実際、他の地域と比較してボルドーでバイオダイナミック農法を取り入れる生産者はずっと少ないと思える。その理由は主として気候にあるのか(大西洋岸の湿度はよくしられるところだ)、それともその他の要因なのかは議論の余地がある。特にメドックはそういう実践に対してかなり閉ざされたところがあるが、トップ・シャトーのほとんどはバイオダイナミック農法の一部分の、常に土壌を耕し続けることを決して止めずに続けていることに留意すべきである。
 右岸のサンテミリオンで家族経営のシャトー・フォンロックをバイオダイナミックに変更したアラン・ムエックスと話をした。ムエックスはバイオダイナミック農法にすると仕事量が凄く増えるので、個人の信念が大事だと強調している。彼は熟練した農学者だけれどもバイオダイナミックの難解な側面は脇において、経験上最もはっきりしていること、つまり葡萄畑の仕事にできるだけ多くの時間を割くこと、シンプルに何がどうなっているのかをよく観察することが大事だと考えている。
 葡萄畑から包括的な化学品による防護策を取り払う時には、より改良された厳しい監視体制が必要になる。バイオダイナミック農法は当然ながら仕事量の増大を伴うもので、何をすべきか、なぜしなければいけないのかをしっかり意識して葡萄畑のすべての仕事に当たる必要がある。しかも当然ながらこの種の農法にかかるコストは従来の農法に比べて増大する。その対価はプロジェクトが実行可能なものになるのを待たなければならない。葡萄栽培にかかるコストは、ワインのコストの30%になるという推計がある。バイオダイナミックを採用している生産者のワインリストを見ると“経済的な”カテゴリに入るものはほんの少数であることがわかる。例外はギー・ボサール(ドメーヌ・ド・レキュ、ミュスカデ)とレイモン・ド・ヴィルヌーヴ(シャトー・ド・ロックフォール、プロヴァンス)だろう。

 アルザスは、ブルゴーニュと同様に、いくつかの著名なワイン生産者がバイオダイナミック農法に転換したか、あるいはその効能を試す途上にある。オリヴィエ・ウンブレヒト、マルセル・ダイス、アンドレ・オステルタグなどがそうだ。前者は“ビオディヴァン”というバイオダイナミックの中でも特にワインに専念する団体の指導的地位にある。後者は2002年7月にウィーンで開催されたマスター・オブ・ワイン・シンポジウムで講演した。“バイオダイナミックスは画期的なものかはたまたインチキか”と題したオステルタグの講演は、さまざまな方法に解釈されるようなほとんど要領をえない写真を見せたもので、私はバイオダイナミックをしっかり認識することができなかった。実際のところ、彼は「どんな効果があるか分からないけれども実践している」といって自己満足していた。私は「これは間違いなくインチキだ」と思って係わりになるのを避けようと思った。
 しかし別のアルザスの生産者で私が大いに敬意を払っているドメーヌ・ワインバックのロランス・ファレルを見つけて、再びバイオダイナミックに好奇心がわきだした。彼女の家族経営のワイナリーでは、少なくとも過去20年間は葡萄畑にもっぱら堆肥を漉き込み、有機栽培を実践してきた。彼女のバイオダイナミックに対する興味はアン・クロード・ルフレーヴ(ブルゴーニュ)との話し合いによって呼び覚まされたものだ。彼女は畑の数区画で試すことを決めた。彼女の動機は土壌の活性化にあった。そしてより良い品質の葡萄を生産するために土壌と根を相互に刺激しあって活性化させた。ロランス・ファレルは熟練した農業エンジニアで、バイオダイナミックの秘儀めいた部分には特に気に留めていない。彼女は葡萄樹にさまざまな調合剤を与えているが、収穫時期は“星の暦”にしたがって決めるのではなく彼女自身の判断で決めている。さまざまなバイオダイナミックの実践は、シュタイナーとは何の関係もない彼女の祖母がやっていた方法を踏襲している。

 それではバイオダイナミックスは有効なのか。ロランス・ファレルは「オーガニックとの対比でバイオダイナミックの特別な貢献を評価することは難しい」と言っている。理論上は、バイオダイナミック農法、特にその活性化という部分は科学というより秘儀といったほうが良い。私の知識においては、その有効性の科学的根拠はまだ得られていない。バイオダイナミック運動には、科学者たちの間における評価を貶めてしまうような過激分子もいる。バイオダイナミック農法はなぜそれが機能するのか説明することは難しいが、その結果はワインバックに見られるようにきちんと現れている。だからそれを懐疑的にみるという段階はすでに超えたと思う。葡萄栽培は複雑なプロセスで、その結果を厳密な価値量として見極めることはとても難しいものだ。なぜならそこには非常にたくさんの考慮すべき要素があるからだ。同毒療法を応用して得られたと思われる“恵み”から、仕事量の増大(とりわけ通常の土を耕すという作業)に由来するであろう“恵み”を切り離すことはほとんど不可能だと私は思う。もしバイオダイナミック農法が、より以上の恩恵を与えるものではないとしても、少なくともいま、そして将来において葡萄樹をどのように手入れし、どのように病虫害から護っていくのかを考える際の刺激にはなっているはずだ。