レポート・明日を目指す日本のワイナリー
自社農園・垣根式栽培の葡萄を初仕込み
シャトー酒折ワイナリー「マスカットベリーA収穫祭」
甲府市にあるシャトー酒折ワイナリーでは2007年3月に自社農園に植樹し、垣根式で栽培したマスカット・ベリーA(以下、MBA)が3年目の収穫を迎えた。これを機に、10月3日、ワイン愛好家や契約栽培農家などを招いて収穫祭を行った。
小高い丘の中腹に建てられたシャトー風のワイナリー。その前の南向き斜面に広がる自社実験圃場の一画7aに植えられたMBAの葡萄樹は全部で10列。一房一房傘掛けされ収穫を待つばかりの状態の葡萄はいずれも健康そう。果汁糖度で平均20度を超え、22~23度というものもある。それを参加者全員が割り振られた列の畝に沿って次々と果房の上の梗に鋏をいれていく。“美味しくなれよ!”と声をかけながら切り取った果房は未熟果や腐敗果が混じっていないかどうかを目視でしっかりとチェックし、健全果だけを10㎏容量のバスケットに入れる。大人数が一斉に畑に入っての作業なので、ちょっと汗ばむほどの快晴の空の下、収穫はあっという間に終わった。
ワイナリーの前に運ばれたバスケットは全部で38個。計測すると総計351㎏の葡萄が収穫された。まだ今は3年樹でもありバラ果も少なくないが、さらに数年経って成木になれば収量は2トン程度まで増える見込みだ。
その横に設置された981L容量のプラスチック製開放桶に、液体炭酸ガスボンベを使って生成したマイナス70℃近いドライアイスを撒き入れ、さらにその上からバスケットの中の葡萄を房ごと入れていく。「これまでMBAは全て除梗、破砕をおこなってきたが、酒折の自社畑の葡萄だけは丸ごと仕込むことにした。梗を食味しても、青臭さが感じられないほど良く熟したからだ」と、醸造責任者の井島正義氏。その後、有志が長靴に履き替えて代わる代わるに昔ながらの足踏み破砕を行う。15分も経つと果汁が浸みでて、最初は固かった葡萄果が長靴の足が潜り始めるほどに柔らかくなったところで酵素剤を添加。さらに5分して糖度分析のためのサンプリングを行うと、目盛りは20.2度。MBAとしては高い数値を示している。葡萄が健康に熟した証拠だ。これまでの段階で、SO2は一切添加していない。
その後、ピノ・ノワールに向いているとされる乾燥酵母RB2をビーカーのなかで37℃の湯を使い希釈し、さらに少しずつ果汁を加えて酵母と果汁の温度差を10℃以内に縮めてから開放桶に入れる。しかもこの作業は20分以内に行わないと、酵母が死んでしまうのだという。仕込量が少ないために発酵桶にはまだかなりの空寸があるが、その内側をスタッフが丁寧に掃き清めて、この日の収穫祭最大のメインイベントは終わった。プラスチック桶はワイナリーの中に運ばれ、本格的な発酵へと進む予定だ。一週間経てば、葡萄はワインへと変貌を遂げる。
「当社(木下商事)はもともと輸入業務を長く行ってきた。1991年からこの地でワイン造りをスタートし、その後10数年かけて試行錯誤を繰り返し今日に至っているが、これまでに幾つかの重要な転機をもたらした人々との出会いがあった。その一人が海外取引先のひとつジャン・コレの当主、ジル氏だ。氏がこのワイナリーを訪れ試飲をした際に(シャルドネでは私にはかなわないよ、と言いたげに)、『なぜ君たちは甲州にもっと力をいれないのか。日本でワインをつくるのであれば、日本にしかない葡萄を使ったワインをつくるべきだ』と言われた。そこから我々の発想も変わり、今日の甲州とMBAによるワイン造りがはじまった。MBA樽熟成は2001年から始めているが、2005年に栽培家・池川仁氏の葡萄を初めて仕込み「キュベ・イケガワMBA樽熟成」を造ったところ、ものすごい凝縮感のある味わいに感激した。これもまた新しい転機であり、この出会いが無かったら自社畑でMBAを醸造用の垣根仕立てで栽培することはなかっただろう。もうひとつは栽培家・荻原康弘氏との出会いだ。同氏が代表を務める『チーム Kisvin』は栽培の時点から醸造を意識した葡萄を育てており、この葡萄を使ったワイン「Kisvin甲州」を昨年から作り始めた。去年は一樽だけしかつくれなかったが、今年はもう少し生産量が増えるだろう。栽培の方と一緒になってワインを造ることが山梨の新しいスタイルや潮流になることを期待している」と、シャトー酒折ワイナリーの木下康永社長は語っている。
ヴィニフェラ種であるマスカット・ハンブルグとラブルスカ系のベリー種を親にもつMBAは病気に強いものの、交雑種としての限界があると言われ、つい最近までは骨格に乏しいヌーヴォーのようなワインしか造られてこなかった。しかし、ナイアガラなどと違い、ラブルスカ特有の狐臭がしないのはMBAの大きな特徴だ。
「山梨でワイン造りをするには、甲州とMBAは欠かせない存在」と考える栽培家・池上仁氏は10年以上に亘りMBAに注目し、栽培試験を行ってきた。そして、つい最近、そのルーツを探った結果、MBAは単純に50対50の割合でヴィニフェラとラブルスカを掛け合わせたものではなく、ヴィニフェラが68.75%、ラブルスカが18.75%、そして残りの12.5%はリネクーミ・バックレーの系統を受け継いでいることがわかったという。「酒折の自社農園はそれまで造成が不十分でイノシシの害も出ていた。それを3年計画で造成と改植を進めた結果が今日につながっている。『キュヴェ・イケガワ』がいま評価されているが、水はけの良さや日照からみて酒折で収穫された葡萄はそれを上回って良くなる可能性がある」と、池川氏は期待を寄せている。