躍進するIsrael Wine
オールドワールドとニューワールドが混在する
イスラエルワイン
宮嶋 勲
古代大ワイン産地だったイスラエルが、高品質ワイン産地として復活し、注目を集めている。敬虔なユダヤ教徒向けのコシャーワイン(ユダヤ教の戒律を守って造るワイン)だけでなく、国際市場で通用するワインを生産することに取り組み始めて30年。ワイン輸出の伸びも順調だ。躍進目覚しいイスラエルワイン界が、世界に向かって更なるアピールをするために、今年6月に国際ワインコンテストTerravino 2006Mediterranean International Wine Challenge と国際ワイン展示会 IsraWinExpoを開催した。
イスラエル初の国際ワインコンテストとなるTerravino 2006は、6月7日から13日までテルアヴィヴの展示会場で行われた。18人の外国審査員の一人として参加したが、私たち以外にイスラエル審査員(主にイスラエルの醸造家たち)が日替わりで総数40人加わった。出展されたワインは18か国から396(イスラエルワインは225)点で、初回としてはまずまずの数が集まった。試飲シートはOIV UIOEモデルで100点満点方式。7人の審査員で構成されるパネル(グループ)が5つあり、それぞれが異なるワインを3日間試飲、評価した。審査しているワインが何であるのかは知らされていないが、ニューワールド・スタイルのワインが多く(イスラエルの225以外は、アルゼンチン39、スペイン38、ブラジル25、チリ11など)、果実味の明確な近代的なワインがほとんどだった。結果、ダブル金賞が11(イスラエルが6)、金賞が53(イスラエルが26)、銀賞が82(イスラエルが50)が授与された。 日本からの唯一参加した玉村豊男氏所有のワイナリー、ヴィラ・デストのシャルドネ・リザーヴ2004は見事に銀賞に輝いた。委員長ラウル・カステッラーニ(アルゼンチンの醸造学教授)の厳格な運営と、イスラエルワイン界の積極的な参加が評価されたようで、OIVからオブサーヴァーとして参加していたヤン・ユバンは次回からはOIVが後援することを約束した。
続いて6月13日から15日まで同じ会場で行われた展示会IsraWinExpo 2006は、政府も全面的にバックアップしていて、56の出展者のほとんどがイスラエルの生産者。生産者はこれから輸出を伸ばしたいという意欲に満ちていて、会場を歩いていても積極的にアプローチしてくる。半日もあればすべてのブースを回れるこぢんまりとした展示会だが、イスラエルの主な生産者はブティック・ワイナリーも含めて多くが参加している。まだ日本に輸入されてないワインがほとんどなので、伸び盛りのイスラエルワインを展望したい人や、興味があるインポーターには貴重な機会である。会場は常に人が溢れて盛況で、大成功だったようで、第2回展示会が2007年11月に行われる予定である。
イスラエルワインの歩み
以下、イスラエルワインの現状をレポートさせていただく。
最初に、簡単にイスラエルワインの歴史を振り返ってみると、そのワイン造りはノアやモーゼの旧約聖書の時代に遡る。考古学的発掘によりすでに紀元前2000年頃にはワイン造りが発達していたことが知られている。その美味なるワインは非常に人気が高く、ローマ帝国各地に輸出されていたという。しかし、7世紀にイスラム教徒の支配下に入ったことにより、ワイン造りは禁止される。キリスト教徒やユダヤ教徒の儀式のためのワイン造りは一部認められたが、本格的ワイン生産の再開には19世紀後半を待たなければならず、実に1200年の空白があったことになる。
1848年にエルサレムに近代最初のワイナリーが設立され、生産再開への第一歩が踏み出されたが、重要だったのは1882年にシャトー・ラフィットのオーナーであったエドモン・ドゥ・ロットチルト男爵が今日のカルメル・ワイナリーの基になるワイナリーを創設し、ユダヤ人によるワイン造りを積極的に援助したことである。ただし、男爵の意図は高品質ワインではなく、世界中のユダヤ教徒が飲めるコシャーワインを生産することで、彼が連れてきたフランスのコンサルタントは暑い産地であるイスラエルに適しているだろうと考えて主に南仏の品種を栽培した。この時代のワインはユダヤ教の儀式に使用される甘口赤ワインが中心で、品質的にユダヤ教徒以外の注意を引くようのものではなかった。
1948年にイスラエル国が誕生してからは、ヨーロッパなどワインを日常的に飲む習慣のある国々からの移民が増えるにつれて、少しずつではあるがワイン消費量も増え、嗜好も変化し、徐々に洗練された辛口ワインへの需要が増えた。転換点となったのは、1970年代初頭カリフォルニア・デイヴィス校の醸造学教授コルネリウス・オウフがイスラエルを訪れ、ゴラン高原が高品質ワイン生産に適した土壌と気候を持った産地であることを指摘したことだ。その助言に従って1976年にゴラン高原に最初に葡萄の樹が植えられ、1983年にはゴラン・ハイツ・ワイナリーが創設された。このワイナリーでカリフォルニアの技術を導入して造られた今までのイスラエルになかった近代的ワインは、国内外で成功を収め、イスラエルが国際的に通用するワイン産地であることを示した。
そして1980年代末から1990年代にかけてブティック・ワイナリー・ブームが起こる。ゴラン・ハイツ・ワイナリーの成功に刺激を受けた若い醸造家たちが、それに並ぶワインを造ろうと小さなワイナリーを創設したのである。彼らは、最先端の栽培・醸造技術を使いこなし、最良のクローン・台木を選び、様々な品種を試した。ブティック・ワイナリーの先駆けは1989年創設の深みのある濃厚なボルドータイプのワインで有名なマルガリット Margalit や、1992年がファースト・ヴィンテージのイスラエル高級ワインの代名詞ドメーヌ・デュ・カステルDomaine du Castelなどで、これらのワインは海外でも高く評価され、高価格で取引されている。
ブティック・ワイナリーの成功を見て、今まではコシャーワインの大量生産が中心だった大手ワイナリーも高品質ワインに取り組み始める。イスラエルのガロと呼ばれる巨大ワイナリー、カルメルも、第2の大手バルカンも近代的醸造所を建設し、“単一畑”“リザーヴ”などの高級ラインに力を入れ始めている。成長するワインビジネスに巨大資本も注目、大手ビール会社 Tempo Beer がバルカンを、コカコーラ・イスラエルが Tabor Winery をそれぞれ買収するなどの動きが見られる。
以上、簡単なイスラエルワインの歩みを見てきたが、現在イスラエルでは175以上のワイナリーが年間約4万5,000トンの葡萄を収穫、ワインを造っている。特徴的なのはカルメル、バルカン、ゴラン・ハイツ・ワイナリーの3大生産者が、国内外市場の75%という高いシェアを占めていること。これに次いで大きい6つのワイナリー(Efrat, Binyamina, Tishbi, Dalton, Galil Mountain, Recanati)を加えると、なんと95%になる。年間50トン以上の葡萄を醸造するワイナリーは全部で25なので、残りの150以上は実に小さなワイナリーである。独立心旺盛な国民性を反映してか、大手で働いていた醸造家が独立して自分のワイナリーを持つ例が多く、ブティック・ワイナリーはいまだに増え続けている。
ワイナリーの80%が1990年以降に建設されたそうだが、実際今回訪問したワイナリーも新しいところが多く、すべて近代的醸造設備(温度管理可能なステンレス発酵タンク、熟成用バリック、バリック庫など)が備えられていた。ワインコンテストに審査員として参加していた醸造家の多くと話したが、ほとんどが外国で栽培、醸造を学び、外国のワイナリーで働いた経験があり、その修行先も定番カリフォルニア以外にも、フランス、オーストラリア、イタリアなど多彩であった。
イスラエルのワイン産地
次に産地を見てみよう。イスラエルの国土は2万7,800km2(占領地ヨルダン川西岸、ガザ、ゴラン高原を含む)で、四国より少し大きいぐらいの国だ。南北470kmに伸びる縦長の国で、東西は一番広いところで135kmしかない。北は雪をいただくヘルモン山(標高2814m)から、南は灼熱のネゲヴ砂漠にいたるまで、気候は多様である。中心は地中海性気候だが、標高の高いゴラン高原、アッパー・ガリレー、ジュデアン・ヒルズの気候は冷涼で、冬には雪が降ることも珍しくない。葡萄畑はおよそ北緯30度から33.1度の間にあり、陽光は強烈である。南部では年に30日ほどネゲヴ砂漠からハムシーンと呼ばれる熱風が吹く。収穫期は普通8月〜10月だが、7月に始まることもあれば11月までかかることもある。
現在BATF(米国アルコール・タバコ及び火器取締局)のTTBルーリングとEUに登録された産地名でイスラエルワインのラベルに明示されているものは5つある。
(1)ガリレーGalilee
ゴラン高原、アッパー・ガリレー、ロウワー・ガリレーを含む北イスラエルの産地。
ゴラン高原とアッパー・ガリレーはイスラエルでも最も高品質ワイン生産に適した地方と考えられている。両地方とも標高500〜1200mの高いところにあり、冷涼な気候で昼夜の温度差が激しい。
ゴラン高原は玄武岩質の堅い火山性土壌で、シリア、レバノン、イスラエルの国境にあるヘルモン山からの冷涼な風が常に吹き、その恩恵を受ける。ゴラン高原は1967年の第3次中東戦争(6日間戦争)で、イスラエルが占領した地域なので、将来シリアに返還される可能性がある。
アッパー・ガリレーは、石灰岩が中心で一部に火山性土壌が混ざる。レバノン国境に近く、シャトー・ミュザールの畑のあるベカー高原からは80kmしか離れていない。イスラエルの多くのワイナリーがここに葡萄畑を購入している。
ロウワー・ガリレーは、アッパー・ガリレーの南に広がる産地で標高も低く、肥沃なエズレル平野を含み、多くのキブツが点在していて農業の盛んな地域である。(Galileeは日本では通常ガリラヤと訳されているが、ここではワインのラベルに表示されるGalileeをそのまま読んだ)
(2)ショムロンShomron
ガリレーの南に広がる産地で、カルメル山脈と地中海から吹く涼しい微風の恩恵を受ける。気候は典型的地中海気候で夏は暑い。土壌は石灰岩、テッラ・ロッサ(赤いシルト土壌)、粘土質、砂質などが混ざる。高品質ワインよりも品種をブレンドして造られるデイリーワインで知られる。
(3) サムソンSamson
中部海岸平野地帯とその周りの緩やかな丘陵地帯がこの産地を構成。土壌は海岸に近いところでは、砂質、テッラ・ロッサで、丘陵地帯では、石灰岩、粘土、ロームが混ざる。地中海気候で、暑く湿度の高い夏、温暖な冬が特徴。サムソンもショムロンも以前は低価格ワインの大量供給地で、ここにあるワイナリーも高品質ワインの生産には、アッパー・ガリレーの葡萄を使用することが多い。
(4)ジュデアン・ヒルズJudean Hills
ゴラン高原、アッパー・ガレリーと並んで高品質ワインができるとして今新たに注目を集めている産地。エルサレム(標高835m)の北にある山岳地帯から南に広がる標高の高い地域で、海抜800m以上に葡萄が栽培されている。傾斜がきつく、段々畑も多い。日中の暑さと夜間の涼しさが特徴。土壌は石灰質で小石が混ざる。近年多くのブティック・ワイナリーがこの地域に生まれている。
(5)ネゲヴNegev
イスラエル南部に広がるネゲヴ砂漠。その北東部、中央部の標高の高いところに葡萄が植えられている。土壌は砂質やローム。日中の極端な暑さと夜間の非常に涼しい気温の差が極端に激しい。乾燥して湿気が全くないので、病害は少ない。近年では進んだ灌漑技術により砂漠の真っ只中に葡萄畑を造る試みも行われ、まさに極限の栽培が行われている。
葡萄畑は現在3,800haで、葡萄畑の産地別割合は、2005年(カッコ内は1960年代の割合)は、サムソン37%(52%)、ガリレー 34%(2%)、ショムロン 18%(38%)、ジュデアン・ヒルズ7%(0)、ネゲヴ4%(2%) となっている。1960年代と今を比較すると、低品質ワインを大量に生産していたサムソン、ショムロンの割合が減り、ガリレーが著しく増加しているのが良く分かる。
残念ながら長いイスラム教徒支配の時代に古代イスラエルの固有品種は失われ、現在栽培されている品種は、すべて外国から持ち込まれたものである。30年前までは南仏の品種が中心であったが、1980年代以降高品質ワインへの移行が進むにつれて、カベルネ・ソーヴィニョン、メルロ、シャルドネなどが増えている。エメラルド・リースリングは1950年代にカリフォルニア・デイヴィス校でリースリングとミュスカデルを交配してつくられた品種で、暑い気候の産地でもリースリングの特徴を持った葡萄を栽培することが目的だったが、イスラエル以外ではほとんど成功していない。イスラエルではやや甘口のシンプルなワインになることが多い。アルガマンはカリニャンとSuzaoの交配品種で、イスラエルが自分たちの品種として力を入れた時期があったが、色は濃いが香りと風味に欠けるので広がりを見せていない。近代ワイン生産の歴史が浅いため、産地と品種の結びつきはまだ弱く、どの品種がどの産地に最適であるかも本格的に理解していくのは今後の課題だろう。
イスラエルワインのスタイル
さてワインであるが、今回ざっと試飲した印象では、さすがに栽培、醸造を学んだ専門スタッフが数多いだけに、技術的欠点のあるワインはほとんどなく、全体的に非常にクリーンで純粋な果実味の溢れるワインが多かった。赤ワインはバリック熟成させたものが多かったが、樽香が強すぎるワインは意外に少なかった。ゴラン高原、アッパー・ガリレー、ジュデアン・ヒルズなどの標高の高い畑から生まれるワインは、過熟した果実や、ジャミーな風味が全くなく、輪郭のはっきりとしたエレガントなものが多く、1990年代以降これらの地域に畑が集中してきているのも当然と思われた。ちなみにワインはほとんどが補酸されている。
ワイン造りのスタイルとしてはニューワールドとヨーロピアンが混在しているといった印象だ。興味深かったのは、同じワイナリーで土壌により両方のスタイルのワインが生まれることで、タボル・ワイナリーでは「カベルネ・ソーヴィニョン・テッラ・ロッサ土壌2004」と「カベルネ・ソーヴィニョン火山土壌2004」という2種類のワインを試飲したが、テッラ・ロッサは甘いタンニン、ジャミーな果実味のオーストラリア的ワインだったが、火山土壌は果実よりもスパイスやスモーキーなトーンが表に出たワインでこちらはヨーロピアン・スタイルだった。
気候、標高、土壌が多様なのはイスラエルの強みの一つで、バルカンではそれを意識して、アルティテュード・カベルネというラインで720、624、412という3種類のワインを造っている。すべてガリレー産地のカベルネ・ソーヴィニョンで造られるが畑の標高が異なると、全く異なる個性のワインとなる。レバノン国境に近い標高720mの畑の葡萄で造られる720は、カシス、ブルーベリーの生き生きとした香りのフレッシュなワインで、非常に涼しげな印象がある。標高624mの石灰岩と玄武岩が混ざる畑の葡萄で造られる624は、720より甘いタンニンを持ち、ラズベリーやチェリーの風味がある。そして、一番低い標高の畑で生まれる412はカシスやチョコレートの風味の力強いワインで、料理なしでも果実味だけで楽しめそうなワインであった。標高が低くなるにつれ、果実がよりストレートに前に出て、力強くゴージャスだが、やや優美さ、複雑さに欠けるワインになっていくような印象を受けた。
バルカンは3人の醸造家がいるが、チーフ・ワインメーカーのエド・サルツバーグはデイヴィス校出身のアメリカ人、イタイ・ラハットはオーストラリアのアデーレード大学農学部出身、ヨタム・シャロンはフランスのモンペリエ大学出身と、まさに様々なワイン造りのスタイルが混在しているイスラエルの縮図である。
バルカンでもう一つ注目したのは標高760mの砂漠の畑の葡萄で造られるシャルドネ・リザーヴ・ネゲヴ2003で、鮮烈な香りと純粋で清らかな果実味を持つワインだった。昼間は45℃、夜は10℃以下という激しい温度差と、強烈な太陽の光が、品種の香り、風味を最大限に引き出し、実に印象的なワインとなっていた。
ブティック・ワイナリーとして非常に高い評価を受けているアンフォラ・ワイナリーのシャルドネ・マクラ・ランチ・カルメル・マウンテン2003は、凝縮された果実(白桃、パイナップル、パパイヤなど)にバニラ、カスタード・クリームのトーンが混ざる濃厚なワインで、これは明らかにカリフォルニアのスタイルに近いワインだった。「私のワインは好き嫌いがはっきりする。嫌いな人は大嫌いかもしれないが、構わない。私はイスラエルの強い太陽の光、この大地をワインで表現したい」とオーナーで醸造家のジル・シャツバーグが言っていたが、これは暑い産地としてのイスラエルの表現であろう。
最後にゴラン高原、アッパー・ガリレー、ジュデアン・ヒルズのワインの違いだが、赤ワインで比較すると、ゴラン高原のワイン (特にゴラン・ハイツ・ワイナリー)には、火山土壌からくるミネラルが常に非常に強く感じられた。それに対してアッパー・ガリレーはベリー類の純粋な果実味が魅力的で、生き生きとした酸が美しい。ジュデアン・ヒルズのワインは果実がストレートに表に出ないでハーブ、スモーキーさなどが複雑に混ざりより陰影に富んだワインが多い(典型的なのはドメーヌ・デュ・カステル)との印象を持った。
ともあれイスラエルワインが高品質への舵取りをしてからまだ30年。若くて、意欲的なイスラエルワインはこれからまだまだ新しい驚きをもたらしてくれるだろう。