キャドビー康子のカリフォルニア便り

伝統に磨きをかけるオーパス・ワン
新任ワインメーカー、マイケル・シラーチ氏に聞く
“オーパス・ワンはこれからどう変わる?”

 ラ・サーク、アクア、ピカソなど10店舗の高級レストランをもつラスベガスの高級リゾートホテル『ベラージオ』。そこでワインバイヤーを務めているジェイ・ジェイムスは、彼のビジネスを支えているものは3つのワインだと言う。ドン・ペリニョン、クリスタル、そしてオーパス・ワンだ。1979年の初ヴィンテージからすでに20数年の時が経ったいま、オーパス・ワンはアメリカ国外でも最高級ワインというイメージが完璧に定着した。贅沢な空間を味わおうと世界中からワイナリーを訪れるビジターの姿は後を絶たない。

 今年1月、オーパス・ワンでは大きな人事異動が発表された。創立以来、フランスとアメリカの両オーナーによる対等のパートナーシップに基づき、生産も管理も双方を代表する二人の責任者によって運営されてきた。今回の人事異動では、まず二人のCEO(最高経営責任者)が去り、モンダヴィ傘下でフランスやカリフォルニアのマネージメントの経験を積んできたデヴィッド・ピアソンがCEOに就任、単独で経営を任されることになった。また、ワインメーカーのティム・モンダヴィとパトリック・レオン(昨年末、パトリックの引退によりフィリップ・ダルアンが継承)は顧問ワインメーカーとなり、2001年からオーパス・ワンに移籍してきたマイケル・シラーチが正式なワインメーカーとなった。

 オーパス・ワンを一手に任され、ステータスの維持と更なる発展を期待されているマイケル・シラーチ氏に話を伺った。

 

オーパス・ワンの定義

 カスク23で有名なナパ・ヴァレーのスタッグスリープ・ワインセラーズで6年にわたりワインを造ってきたマイケル。その彼が新しいワインメーカーに抜擢されるにあたって期待されていることは、オーパス・ワンがこれまでに築き上げてきた実績や名声に更に磨きをかけることだということは容易に想像できる。

 「ワイナリーをよりよく改善して欲しいといわれた。大きな改革をするのではなく、少しずつ手を加えていきたい。ワイナリーを拡大するのではなく、むしろ、細部の痒いところにも手を延ばし、ワインの洗練度を高めていきたい」と、彼は言う。

 マイケルにとってオーパス・ワンとはどういうワインなのか、単刀直入に聞いてみると、「一つの要素が飛び出すことなく、あらゆる要素が融合しているクラッシックなワインがオーパス・ワンだ。ブレンドされたワインであるにもかかわらず、あたかもシングルヴィンヤードワインであるかのように、エステートのテロワールを感じさせるワイン。世界のどこで飲まれてもオーパス・ワンの味というのが分かるワイン」だという。自らが考えるそうした定義をワインに実現するため、彼はワイナリーに移籍した2001年の職務第一日目から様々なアイディアを実践してきた。

 

基本は畑

 オーパス・ワンにはフルタイムの畑の作業員が24人いる。12人で構成されるチームが2組。それぞれがチームリーダーを持ち、冬の剪定、春には余分な新梢の切除、夏の除葉やヘッジング、そして秋には収穫と、オーパス・ワンの自社畑だけを専門に動き回る。

 今回の取材はちょうど剪定作業のさなかにぶつかった。葡萄栽培ではあらゆる作業に完璧さが要求されるが、剪定ほど技術を要し、的確さが求められるものはない。移籍して以来、彼がまず手がけたのは畑で働く人たちとの関係を改善したことだ。

 「ワインメーカーである私と彼らとの人間的な接触が大切だと私は考えた。彼らを尊敬し大切に付き合っていくことが、自分達もワイン作りに参加しているという連帯意識を芽生えさせ向上心を培う。毎年新酒ができると、彼らと一緒に前年の畑での作業を回想しながら、ワインの試飲を行う。そうすることによって、自分が一生懸命努力した結果がこういう味のオーパス・ワンになるんだということを知ることができる。彼らには(自分の仕事に対する)満足感と自負心を感じて欲しいし、実際そうなっていると思う」。これまで様々なワイナリーで取材してきたが、一度も聞いたことのないような返事がかえってきた。

 畑の作業員は全員がメキシコ人。両チームを監督するホアン・マルティネスは、ナパ・ヴァレーで栽培を続けて26年目のベテランだ。葡萄栽培の知識は言うまでもなく英語も堪能で、マイケルやオーパス・ワンの栽培責任者、ジャン・エマニュエル・ダンジョイの懸け橋となって、意思の疎通を図っている。

 オーパス・ワンの畑では一部のプティ・ヴェルドを例外として、ほとんどが垣根仕立てのダブル・コルドンで仕立てられ、VSP(ヴァーティカル・シュート・ポジション)で新梢管理を行っている。葡萄樹の健康状態やロケーションによって多少異なるが、基本的に二分されたコルドンにはそれぞれ3本のスパー(支柱)がある。前年に伸びて茶色くなった梢は2つの芽を残し、残りは切り落とされる。この段階ですでにその年の収量が考慮にいれられているわけだ。

 マイケルが指示していた剪定法は次のようだった。まず、剪定する樹を蹴る。葡萄樹が健康か、しっかりと根がついているかを確認するためだ。そしてその後、樹の中央から剪定を始める。彼は仏像に譬えながら、中心から外に向かって流れる“気”を葡萄の樹にも感じて欲しいと作業員に問い掛ける。樹液は母体となる樹幹のなかを辿って地面から上昇し、2つのアームを通って外に向かって流れている。そのエネルギーを頭において、剪定も中央から行わなければならない、と。

 オーパス・ワンでは通常1本の梢に2つ芽を残して切り落とすが、古梢のちょうど付け根の部分に隠れている小さな芽も1つと数えている。この付け根の芽は、きちんとトレーニングを受けていない作業員には見逃しやすいもので、結果的に、3つの芽を残して長めに剪定してしまいかねない。3つ芽をつけて剪定を続けると、葡萄樹は樹齢を重ねるうちにどんどん背が高くなってしまう。できるだけ背の低い樹を理想とするオーパス・ワンでは、これは極めて重要なポイントだ。

 オーパス・ワンの畑では35cmほどの低い高さで樹が仕立ててある。葡萄樹の幹(永久枝)はヴェレゾン(葡萄の色づき)が始まると翌年の成長に備えて炭水化物(主に澱粉)を保存しようとするが、これはもちろん、葡萄樹の春の成長に欠かせない大切な要素ではある。しかし、ヴァレーフロアのように肥沃な土壌では、樹が大きくなりすぎるとさらにエネルギーが増大し、新梢の勢いが強すぎてしまう。だから剪定作業では、残す芽の位置をできるだけ一直線に、しかも低いレベルに維持するよう強調される。ただしマイケルは、腰をかがめなければならない作業員の健康へのダメージを考え、それを避けるためにはどこが限界なのかは充分に理解しているという。

 作業員はこういうことをしっかり理解した上で、疑問に思えば仲間と相談しあい、リーダーに判断を仰ぎつつ1本1本を丁寧に剪定している。セニョール・シラーチの真剣さが、そのまま作業員にも伝播しているようだ。

 

バランスのとれた葡萄

 オーパス・ワンの自社畑は現在約40ha。オークヴィルにあるワイナリーを取り囲む2つのブロック(リヴァー・ブロックとバレストラ・ブロック)と、29号線を挟んでマヤカマス山脈の麓に広がるQブロックがある。

 ワイナリー周辺はいわゆるヴァレーフロアと呼ばれる平坦地で、太古に幾度となく起こった洪水が土を堆積した比較的肥沃な土壌。冬の間降り続いた雨は地下に蓄えられ、6月の開花期まで葡萄樹に充分な水分を供給する。畑にはいろいろな土壌の組み合わせが見られるが、ワイナリーの東側を流れるナパ川に近くなるほど砂や粘土の比率が高くなる。地下1mも掘ると、小石の混ざった粘土が多く見られる。一方、オークヴィル・ベンチと呼ばれるやや小高い扇状地にあるQブロックは、ハイツのシングルヴィンヤードとして知られるマーサズ・ヴィンヤードに隣接する場所にある。こちらは山から流出してきた土砂が長年かかって堆積されてできた土壌で、小石がより多く混ざって水はけがよい。

 積算温度からいうとリージョンUにはいるオークヴィル地区は、カベルネ・ソーヴィニヨンの生育期には充分な日照が得られる。加えて、肥沃な土壌ときているから、放っておけばジャングルのような畑になることは言うまでもない。葡萄樹の適正な剪定と仕立ては不可欠だ。カリフォルニアの生産者にとって樹勢を抑えることは、大きなチャレンジである。樹勢が強すぎると樹が大きく成長しすぎる。葉が繁って光合成が進みすぎ、糖の生成にはつながるが、葡萄の成熟には寄与しない。逆にワインには蒼いニュアンスが現われやすい。

 1980年代にオーパス・ワンがワイナリーの周囲に葡萄栽培を始めた時、ナパ・ヴァレーの生産者達はその植樹間隔に度肝を抜かされた。こんなに肥沃なヴァレーフロアであんなに間隔を狭めたらどうなるんだろう。きっとシャトー・ムートンがそうしろって命令したんじゃないか、と。命令ではないにしろ、確かにムートンの伝統を反映した部分はありそうだし、事実、いまではナパの29号線を走るとどこを眺めても昔とは比較にならないほどの密植度で栽培している。

 密植により葡萄は隣接する樹と水分や栄養分を奪い合い、おのずと小ぶりな房と果実をつける。つまり葡萄の凝縮へとつながるわけだ。しかしマイケルによると、この密植にも細心の注意が必要だ。現在、Qブロックでは1.2m×1.2mの植樹間隔で栽培されているが、オーパス・ワンの目指す品質とこのあたりの土壌を考えるとこの位の植樹間隔が一番理想的なのだとマイケルは言う。

 

樹勢を抑える

 1990年代にワインメーカー達が苦戦奮闘したのは、タンニンのマネージメントであった。カリフォルニアの気候では、葡萄果の風味が成熟するのを待っているとどうしても糖が高くなってしまう。しかしマイケルは、それを醸造の技術によってカバーするのではなく、畑の管理によって、バランスがとれ熟したタンニンを備えた葡萄を得ることが大切だと考えている。そのためには、背の低い、等間隔のスパー(支柱)に仕立て、葡萄樹が均一に形成されるようにしなければならない。いったん新梢が伸び始めると、葡萄の成育状況に常に目を配る。サッカー(補梢)が出てきたら、作業員を送り込み、サッカーが葡萄から余分なエネルギーを吸い取らないように即座に取り除き、対処する。あらゆる成育段階で、葡萄樹がコントロールを失わないようにすることが必要だ。

 葡萄の葉の量も光合成による糖分の生成具合に関連してくるため、1本の新梢あたり15枚になるとヘッジング(新梢を一定の高さで切り落とす作業)を行う。こういった作業を怠ると葡萄樹は勢いがついて葉が茂りすぎ、蒼みのある葡萄となる。

 マイケルが実践したもう一つの試みは、デフィシット・イリゲーションである。これは葡萄樹への施水を制限し、極限まで自分の力で水を求めさせること。カリフォルニアでは夏の生育期に雨が降らないため、灌漑は必須だとされてきたが、近年、葡萄樹に根を深く張らせることで旱魃への対応力をつけ、バランスがとれて凝縮した果実を収穫すべくデフィシット・イリゲーションが広く行なわれるようになった。これは簡単にいえば、ぎりぎりの段階まで灌漑をしないということなのだが、どのあたりがぎりぎりの段階なのかを判断するにあたっては、プレシャー・ボームと呼ばれる機器を使って葉っぱ内の水分を計測しストレス度をモニターしたり、実際に畑を歩き回ることで樹の脱水の状態が綿密に観察されている。特に、昨年9月中旬にナパ・ヴァレーを襲った猛暑では、デフィシット・イリゲーションをやっていたお陰で、そのダメージが最小限に食い止められた。もし、ふんだんに給水していた畑であったなら、このような猛暑の際は給水が追いつかないので、葡萄樹が受けるダメージは相当大きい。

 オーパス・ワンのQブロックでは、マイケルの提案でプティ・ヴェルドの仕立て法が変わった。グヨ・システムへの転換である。スパー(短梢)剪定のひとつであるグヨの場合、1本のケイン(前年の梢)に6から8の芽を残し、翌年のケインとなるようにそのすぐ下の樹に2つだけ芽を残す。Qブロックにあるプティ・ヴェルドはコルドン仕立てであったため、樹の中央と外側とで新梢の成長や果実の成熟度の均一性が得られなかった。しかしグヨ・システムがカリフォルニアでは広まらなかった理由は、カリフォルニアの土壌と気候では葡萄樹の樹勢が強すぎ、インターノード(梢の節と節との間)が長く伸びすぎるきらいがあったからだ。それでなくてもグヨ方式はかなりの剪定技術を要するといわれ、カリフォルニアでは失敗例の方が多い。だから、畑の作業員をしっかり訓練することと資本力が必要とされる。

 マイケルは、ヴィンヤードマネージャーのホアン・マルティネスを連れてボルドーへ行った。彼をボルドーで訓練させ、栽培チームの中でも特に熱心な作業員にグヨ・システムの指導を行った。まだ3年目だから今でもグヨの成型には苦労しているようだが、おかげでプティ・ヴェルドは葡萄を均一に栽培できるようになった。作業員の技術が上がっていけば、いずれカベルネ・ソーヴィニヨンをグヨで仕立てることも考えていると彼は言う。バランスの取れた葡萄への追究はまだまだ続く。

 

ワン・ステップ・アップ

 オーパス・ワンのレベルになると“このように改善した”からといって品質が“一挙に上がる”というものではない。品質はすでに備わっているので、どうやればさらにステップアップできるかということなのだろう。

 畑に最大限のエネルギーを投資してきたオーパス・ワンでは、葡萄の成熟度や洗練度がさらに向上しているため、おのずとセラーで修正や調整をする必要がなくなってきた、とマイケルは指摘する。例えば、卵白を使った清澄作業。これはワインを清澄し粗いタンニンを取り除くために行われるが、熟したタンニンが得られるようになったため卵白の使用を減らした。必要のないことは極力避けるというミニマルな醸造法が可能になった。

 一方、オーバス・ワンではこれまで、アルコール発酵後に行われるマセレーション期間がヴィンテージが進むにつれて長くなる傾向にあった。例えば、初ヴィンテージの1979年は10日間であったのに対し、2000年は44日と記録されている。そもそもマセレーションの目的は、タンニンの分子を結合させ、ソフトなタンニンに仕上げるためだ。しかし葡萄の段階ですでにタンニンが熟していれば、長期のマセレーションはもはや必要がない。逆に長すぎるマセレーションは色の損失につながりやすい。マイケルは2001年からマセレーション期間を短縮するようになった。

 オーパス・ワンでは2年前の収穫から、総勢16人を動員する選果台を導入した。今まで一台であった選果台をもう一台増やし、除梗後に再度、完璧な葡萄だけがタンクに入っていくように細かな再チェックをするプロセスである。ボルドーではトップシャトーですでに導入されているが、ナパ・ヴァレーでは、オーパス・ワンのほかに数社しかこの方法を導入していない。このダブルチェックによってワインの質がどれだけ向上するのか。必ずしもグラフの平行線を描くように上昇するわけではないが、ワンステップ前進していることは間違いない。「剪定と灌漑の管理ですでに大きなインパクトはあった。選果台を増やしたのは、こうした小さなニュアンスをいくつか積み重ねて全体を向上させるため」と、マイケルは説明する。「ワイナリーの拡大よりもむしろ洗練度を高める」と言ったマイケルの言葉がここでも現実のものになっている。

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 マイケルがこれだけのエネルギーを注入して造った初めてのオーパス・ワン、ヴィンテージ2001年は今年10月にリリースされる。プレビューでワインを試飲させてもらった。2001年といえば、結実がうまく進まずナパ・ヴァレー全体でも収量の少なかった年だが、2000年と較べると、明らかに凝縮のレベルが違う。より果実を感じ、しなやかにつるっと流れるようなテクスチャーは見事。過熟のニュアンスは全くない。タンニンの肌理が詰まっていて適度な重量感と長い余韻には、今まで親しんできたオーパス・ワンの印象がそのまま感じられる。

Are you happy with this? 「自分でよく出来たと思う?」と聞くと、まじめそうなめがねの奥から彼はにっこり目を細めた。

 コミュニケーションを最重要視する彼の話を聞いていると、ステータスというベールに包まれていたオーパス・ワンが実はこんなにも小さな努力の積み重ねの結果だったのかとあらためて感心する。マイケルの指揮と彼を信じる人たちにより、すでに親しまれている作品が少しずつタッチアップされ、完成されていくような印象を強く受けた。オーパス・ワンがより主張のあるワインに変わっていくような予感がする。