醸造技術の進歩とテロワール
ブルゴーニュワイン委員会(BIVB)の技術指導部門「ブルゴーニュ・ウノローグ・センター」のエリック・グランジャン氏にブルゴーニュにおけるワイン醸造の変貌を聞いた。
この20年、ブルゴーニュの醸造栽培面での大きな変化の一つは、教育レベルが上がり、ネゴシアンはもちろん栽培家の子息でも専門知識を身に着けるようになったことだ。
「かつてブルゴーニュは今よりずっと貧しい生産地でした。この20年で栽培家の知識や能力が格段に向上し、生産設備に大きな投資を行ってきました」。醸造の温度管理システムはもちろん、いまでは圧搾機の90%が空圧式に代わった。
また、収穫葡萄を傷めないように畑から小さなケースに入れて葡萄を運び、タンクに入れる前に選別するなど、徹底して原料を大事にするようになった。
しかし、赤ワインの醸造方法には若干の紆余曲折があった。「10年前には構造のしっかりしたワイン、極力抽出した、ピノ・ノワールとしては異常ともいえる黒いワインができていました。しかし、このままではブルゴーニュの伝統的な醸造を逸脱してしまうという危機感が出て、2、3年前から元のワインに戻っています」。果実味があり、色も少し薄く、ずっとエレガントで洗練された赤ワインとなった。一種の伝統回帰現象がはっきりとうかがえる。
一方、白ワインの醸造はそれほど大きな変化はなく安定している。空圧式圧搾機を使い、果汁の抽出を少なくする方向に向かっている。澱下げ作業はほとんどどこでも行う。進歩したのは搾汁の質をよく検査するようになったことだ。安全のために酵母を添加するところもあるが、自生の酵母だけを使い良い結果を得ているところが多い。
熟成期間の短縮
ブルゴーニュ白ワインの樽熟成期間は徐々に短くなる傾向にあり、かつての18か月から12か月程度に短縮されていることは前号*で触れた。白ワインの多くが翌年8〜11月に瓶詰めされ、新鮮さが保たれるようになった。同様にこの10年で瓶詰方法も大きく進歩した。ボトルやコルクの検査が厳しくなり、真空、または炭酸ガスを充填してコルクを打っている。性能のよい瓶詰機を使い、迅速に打栓することで、酸化の危険から免れるようになったことも大きな進歩だ。
ワインを安定させるために使用する亜硫酸濃度も極めて低くなっている。特に、搾汁段階での亜硫酸添加はごく僅かだ。トータルでも許容値210mgをはるかに下回る80〜110mg程度だという。全ての努力が葡萄と搾汁を尊重する方向に向いている。搾汁もワインもあまり空気に触れさせず、澱引きも少なくしてワインの酸化を抑えることに気を配るようになった。「市場の競争がますます激しくなる中でマーケティング戦略だけでなく、技術的に完璧な製品が要求されています。どんな場合にも消費者に満足感を与えなくてはなりません」。
グランジャン氏がBIVBで働き始めた頃、現場で助言するウノローグはグランジャン氏一人だけだった。今ではラボに9人、現場に20人が働いている。醸造技術はまずラボで実験し、一定の効果が確認された段階で現場に適用することが出来るようになってきた。高い教育を受けた技術者による助言が受けられることが、ブルゴーニュワインの質の向上に大きく貢献している。
白の樽発酵に使う新樽は50%以下
一時期ブルゴーニュでもみなが白ワインを新樽で発酵することを競った。しかし、7〜8年前をピークに、新樽比率は徐々に減る傾向にある。「米国市場を中心に新樽を使ったワインが人気得て、一時期、新樽の味わいが質の良いワインの証のように思われていました。今では新樽比率が50%以上のドメーヌは稀です」。AOCやドメーヌの方針にもよるが、平均するとブルゴーニュの白ワインの場合、新樽比率は10〜30%程度ではないかとグランジャン氏は見ている。
圧搾後、澱下げする際に搾汁の温度を14〜15℃に下げるが、樽に入れた後は個別に温度管理することは難しい。しかし、一般的に、ブルゴーニュの白ワインの発酵温度は他の地方と比べると比較的高い。一部のブルゴーニュ・ジェネリックで低温発酵を試しているところもあるが、トロピカルフルーツの香りが支配的になり、ブルゴーニュの個性がなくなってしまうという。「厳しい国際競争の中で極端な低温発酵や、新樽を使った画一的なワイン造りは全く利点がないことがはっきりしました。ブルゴーニュの伝統を尊重すべきだという意識が生産家に浸透してきたのです」。白ワインに厚みを与えるために行うバトナージュは1〜2週間に1回、2月の半ばまで行うのが普通だ。しかし、シャブリでは新鮮さを保つために行わないことが多い。
醸造面では赤ワインの方がドラスティックな試みが行われてきた。果実味や柔らかさを求めて行われた亜硫酸マセラシオンもその一つだ。しかし、ここ数年、その有効性を信じる人は殆どいなくなり、一時期夢中になった人達も伝統的な方法に戻っている。「この20年で、赤ワインにはさまざまな試みがあったけれども、それは販売価値を付けるために強いられたものでした。雑誌やある種の消費者に気に入られるために濃縮した色の濃いアロマティックなワインを皆が求めたのです」。
今、ブルゴーニュでは色は程々の濃さで、香りがありエレガント、そして飲みやすい伝統的なワインを造る方向に動いている。赤ワイン品種は房ごとタンクに入れるところもないではないが極めて小数だ。一般には除梗し、房を軽く破砕し、冷却マセラシオンをしてから発酵する。収穫葡萄の温度を13〜14℃に下げて発酵を抑制し、果汁の状態のままマセラシオンするメリットについてはまだ必ずしも科学的に実証されているわけではない。しかし、2〜5日間の冷却マセラシオンが一般化している。中には極端に3週間も冷却マセラシオンを行うドメーヌもある。その後のアルコール発酵とマセラシオンはAOCにより、10日から3週間まで様々だ。ピジュアージュは平均1日2回。これにルモンタージュを組み合わせる人もいる。
樽熟期間は12〜20か月に短縮
赤ワインの樽熟成期間もかつての18〜24か月から12〜20か月程度に縮まっている。果実味を保つために、グランキュヴェでも14〜18か月のものが多い。2年熟成するドメーヌはコート・ドールでも稀になりつつある。樽熟成の短縮は、栽培の変化でタンニンの質が変わったこと、そして、消費者の好みが、より果実味を求める方向に変化していることの結果と見ることが出来る。
最近の技術の進歩で収穫前に葡萄の成熟度を科学的に分析出来るようになったことも大きな成果だろう。また、醸造中にフェノール成分やアントシアン、タンニンの抽出度合いをチェックできるようになり、ワインのバランスは格段によくなった。「技術的な進歩より造り手が教育をうけて、ワインを試飲できるようになり、ウノローグの分析を理解できるようになったことが何よりも大きな進歩です」。分析結果をワインの質の向上に反映できなくては意味がない。
赤ワインについてはキュヴェゾンの打ち切りについて細心の注意を払うようになったことも大きな変化の一つだ。「20年前までキュヴェゾンの長さは毎年ほぼ同じようなものでした。今ではウノローグが発酵中に試飲し、いつマセラシオンを打ち切るべきかを決めるようになっています」。例えば、2003年は非常に特殊な年で、醸造の早い時期に濃縮したタニックなワインが出来たためキュヴェゾンは8〜10日で打ち切るべきだと多くの人が考えた。しかし、醸造が進むにつれて、4〜5日伸ばす方が良いという結論になった。これによってワインは逆にしなやかになった。
「決まった方法はなく、質をみながら、その年の潜在性を引き出すために最大限の注意を払うようになっています。2003年はこの20年で醸造がどれだけ進歩したかを測るバロメーターになるでしょう」と、グランジャン氏は言う。
酸化を避けるために澱引きを減らす
1990年代半ば以降使われ始めた技術にミクロ・ビュラージュと呼ばれるものがある。タンクに強制的に細かな気泡を注入して適度な酸化をうながすものでブルゴーニュでも試しているドメーヌがある。しかし、グランジャン氏はこれを評価していない。「ピノは香りがありエレガントなワイン。ピノをあえて酸化させる手法に利点があるとは思えません」。逆に、ブルゴーニュでは酸化からいかにワインを守るかに力点が置かれている。つまり、澱引きを少なくし、より長く澱の上でワインを寝かせるようになってきた。
白ワインだけでなく、赤ワインでも澱の上で長く寝かすことが多くなった。かつては熟成中に2〜3回澱引きするのが普通だったが、今は最高でもマロラクティック発酵のあと、一回澱引きするだけだ。その後は瓶詰めまで触らない。澱引きの際の酸化を避け、果実味や新鮮さを保つのだ。原則的には白ワインのシュル・リ製法と同じ論理。赤ワインのバトナージュはブルゴーニュの白ワインの製法をボルドーで取り入れ、それがブルゴーニュに戻ってきたものだという。しかし、まだ実験段階で完全にこれを行っているところはない。ろ過作業をしないで瓶詰めした場合、安定した温度のカーヴで保管する場合は問題ないが、輸送したり、高温で保管されたりすると、熟成が異常に早まったり、異常な変化が起こる可能性がある。それでも、赤ワインのフィルターによるろ過は少なくなっている。一方、白ワインのろ過はそれほど減っているわけではない。赤ワインの澱は許容されても、白ワインの場合は受け入れなれないからだ。
「国際的なワインを目指せば、新世界のワインと真っ向から競合することになります。また、国際的な競争を意識すればするほどワインの個性を大事にするようになります。そして、テロワールの表現の潜在性を尊重することによって、技術による画一化から逃れようとするでしょう」。技術を使えば国際的でなくなる。これは発展の道ではないとグランジャン氏は考えている。
*Online版では掲載していません。