余話。その2
                                                  
ワインづくりが技術を獲得するまで(8)
-パスツ−ル以降−
 
 
 さて、パスツール以後100年にして、ワインにも文明化の現象がようやく観察されるようになりました。そして、ワインづくりにおける文明化は、ワイン文化の後進国、アメリカや日本において、ワイン消費の伸長と同調しているのです。
 リープフラウミルヒ、マテウスロゼ、ボージョレ・ヌーヴォー。これらの商品が世界的な成功をおさめたのは、それぞれの原産国の文化として市場に受容されたのではありません。おそらく、つくり手も意識しないうちに、フレッシュ・アンド・フルーティの技術が、それらのワインの性格を、文明化の方向へ押しやったからなのです。
 ワインづくりにおける文明化は、つくり手が「技術」を獲得したその時点から始まりました。1970年代は、銘醸ワインといえども、その風潮の圏外に毅然としてはいられなかった時代です。熟成に長い年月を必要とする濃厚で混沌とした赤ワインは時代遅れと見られました。白ワインもクリーンであることが強く求められ、酸化は徹底して排除されました。しかし、そうなって、はたと感じることがありました。昔は凄いワインがあったのに、なぜ今は感銘が薄くなったのか…‥。
 パスツール以後の進歩は、マスプロ化、迅速化、無菌化など、考えてみれば没個性化へ向かう道をひたすら走っていたのです。そこで切り捨てられてしまった成分の復権なしに、凄いワインの感銘は戻ってきません。
 その反省が、スキンコンタクト、ハイパーオキシデーション、コールドマセレーション、自然発酵、無濾過などの提案となりました。これらは純粋を追求した後の「揺り戻し操作」であって、新しい技術ではありません。
 この揺り戻しは、混沌へ帰ることとは違います。純粋へ向かう間に欠落した「複雑さ」の回復なのです。この複雑さはブドウに内在するワインの要素と微生物の力によって形成されます。混沌と複雑の違いは、そこに「洗練」という秩序が感知できるか否かで決まります。
 この秩序をワインにもたらすのが、現代の醸造技術なのです。        ■
 

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