| それでは、パスツール以後、品質における進歩はあったのでしょうか。1960年頃までは着目すべき動きは殆どなかったように思います。特に伝統産地は眠り続けていたといってよいでしょう。進歩はマスプロダクションに対応する機械化、装置化の分野に目覚ましく、醸造そのものの技術革新は停滞していました。その最大の理由は、フランスの場合、AOCという制度を成立させた思想にあると思われます。 なぜなら、AOCはワイン生産地の畑を限定すること、しかもそれを小さく絞り込んでいくことによて価値を高めていく。つまりマスプロタクションの対極にある制度です。フランスに代表されるラテン系ワイン生産諸国は、ブドウ畑のポテンシャルを尊重し、EUのワイン法にもそれが反映されています。 しかし、ドイツだけは違っていたのです。もちろん、モーゼルやラインガウには世界的に著名な銘醸畑があります。その一方、ミット・プレディカート(肩書き付ワイン)という規則があって、価値の体系はこの制度のもとに構成されていました。基盤として在るのは原果汁糖度です。畑のポテンシャルより、現実に収穫し搾汁したそのジュースのポテンシャルを糖度で評価することを優先させたのです。 ラテン系民族のワインづくりには、ブドウ畑のテロワールに対する自負と諦念がまずあるんです。テロワールなるものについては、いずれ述べる機会があると思いますので立ち入りません。ここでは「風土」と解釈しておいて下さい。一方、ゲルマン系民族の考え方、つまりミット・プレディカートという価値づけは、人間がブドウから引き出してワインに付与するものです。両者の間には自然に対する技術の在り方に本質的な相違があります。 これこそ、パスツール以後、ワインの品質に技術革新がどこから興ったか、それがフランスやイタリアでなくドイツだった理由なのです。私は独断的に、そう確信しています。その時期は1960年代、パスツールがワインの研究を行ってから実に100年後のことです。 |