余話。その1
                                                  
ワインづくりが技術を獲得するまで(6)
-パスツ−ル以前−
 
 
  それはさておき、ビール醸造の近代化がハンゼン等の頁献によって、微生物学的な技術革新を遂げた1880年代、奇しくも低温発酵の工業化技術もまた画期的な前進をします。リンデの冷凍機の採用がそれです。 
  カール・フォン・リンデ(1842〜1934)はミュンヘン工科大学の学者でした。彼は、液体アンモニアを用いた冷却装置について研究し、1875年、圧縮式アンモニア冷凍機を完成させます。ハンゼンによって選抜された優良な下面酵母による低温発酵は、これで工業的に、通年操業が可能となりました。1880年代はビール醸造所が冷凍機を続々導入し、大量生産に向かって装置化していく、いわば近代ビール工業の形成期でありました。 
 ついでながら、ヨーロッパのこうした動向に日本のビール醸造史を添えて見ますと、明治10年代に乱立した小規模の上面発酵ビールの醸造所に対し、明治20年代は大資本による新会社の設立や設備の更新が行われています(いずれも冷凍機、製氷機の導入による低温発酵のビールの大量生産を目指したものです。 
 日本のビール産業はここから生長、発展するのですが、それはヨーロッパのビールに技術革新が進行しつつあった、まさにその時代、いち技術革新その先端の学理と機械装置を導入することによって達成されたのでした。 

 パスツールを先駆者とする酒つくりの科学的解明は、ビールだけを対象としたものではありません。にもかかわらず、ワインづくりには大きな変化が起こりませんでした。腐造対策とか品質改善といった事柄に、ビールほどさし迫った問題意識がワインをつくる人達になかったからです。とにかく、余程のことがなければ、ワインは飲めるものになったのです。それともうひとつ、ワインはもともとブドウづくりの延長線上にあって、醸造だけが独立してあるわけではありません。 
 良いブドウが実れば、良いワインは約束されたも同然です。これが、「醸造技術」という意識を希薄にします。ビールや日本酒は、つくり手の腕前が、酒質に強く反映し、それが飲み手にもわかります。どうすればよいか、仕事の勘どころもまた掴みやすいところがあって、それを伝承してきました。ブラウマイスターや杜氏は、そういうノウ・ハウを沢山持っている人のことです。 


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