余話。その1
                                                  
ワインづくりが技術を獲得するまで(1)
-パスツ−ル以前−
 
 
   ここでは、酒づくりくりの技術が生まれてくる全体像の中で、ワイン醸造技術の進歩はいかにして始まったかを振り返ってみます。    
 考古学や、文化人類学の研究によれば、酒造と飲酒は、必ずしも人類共通の文化ではありません。太古からその文化を持っていた民族もあれば、その一方、現代でも酒を知らない未開の民族がいるそうです。    
 昔から酒をつくり続けてきた民族には、当然、酒づくりのノウ・ハウがあります。けれども、厳密な意味でそれを「技術」と呼べるかというと、たいへん疑わしい。それは見よう見真似で云承していく体験学習の「技」です。「技術」というからには、抽象化して伝達できること。抽象化するということには、単にマニュアル化するというだけでなく、思想が入るという意味がこめられています。それによって普遍性や再現性が獲得できる。「技術」とはそのようなものであるはずです。
 さて、ワインは紀元前3000年、あるいはそれよりもっと昔からつくられていたということです。以来、ワインの歴史はいろいろなエピソードで飾り立てられてきました。ワインをこよなく愛したシャルルマーニュ(カール)大帝にまつわる銘醸畑発見譚とかナポレオンはシャンベルタンに御執心だったとか。    
 こういう話を聞いたり読んだりしますと、私たちは200年前のシャンベルタンであろうと、1000年前のコルトンの丘のワインであろうと、あるいは2000年前のクレオパトラのワインであろうと、いま我々が飲んでいるワインと同じようなものがそこにあったと、つい思ってしまいます。    
 それは、ワインづくりの実態がとても単純で、本質的には昔も今も変わっていないからです。ワインづくりの進歩というものが、よくわからないまま、つい最近まで、ナポレオンが飲んでいたシャンベルタンと、いま私たちが飲むシャンベルタンを重ね合わせて、それをおかしいとは考えずにいたのです。本当はそうではないんだろうと思います。   
 私たちが今飲んでいるワイン、そのスタイルが出来上ってきたのは、ごく最近のことなのです。といいますと、1855年のメドックの格付けが今でも通用しているではないかという反論があるかもしれません。それはまた別の理由によることで、品質が変わっていないから通用しているのではありません。    
 まして、それ以前のボルドーはどうであったか。まるで印象の違うものではなかったかと、私は想像しています。ワインづくりの技術は曖昧なまま、その酒質は時代とともに変化してきたのです。 


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