WANDS STREET
栽培・醸造法の改良で
早飲み可能になった
シャトー・ラトゥール

 天候に恵まれない年でも素晴らしいワインを産み出し、長い熟成が可能だが若いうちは固く厳しい味わいで飲み手を寄せ付けない。シャトー・ラトゥールといえば、昔からそのようなイメージで語られてきたが、93年にフランソワ・ピノー氏がこのシャトーを取得して以降、栽培・醸造法の改良によって、ラトゥールらしい肉厚でエキゾチックでしっかりとした構造は残しつつ比較的若いうちから楽しめるワインに変わりつつあるようだ。
  JALUXがこのほどシャトー・ラトゥールの垂直試飲セミナーを行った。試飲ボトルは「シャトー・ラトゥール」の2001年、1997年、1994年、1988年、1982年。そしてセカンドラベル「レ・フォール・ド・ラトゥール」の2000年と1990年。
  同シャトーのフレデリック・アンジェラ社長は、「シャトー・ラトゥールは常に前進し、時代の流れに沿って発展すべく、静かな革命を実践中だ。ベースになるのは土地であり、4つのブロック延べ66haの畑を所有しているが、シャトー・ラトゥールに使われるのはジロンド河沿いの“ランクロ”と呼ばれる48haの畑の葡萄だけだ。このブロックは1855年の格付け時と全く変わらず、将来も拡がる余地はない。酷暑、酷寒、そして雨は葡萄の成育にとって大敵だが、それを土地が上手く緩和し、バランスをとっている。春は雨で根が浮きやすいが、ランクロの畑はジロンド河より15m高く、また150年前に畑全体に排水施設が設置されていので雨の影響は少ない。晩春、メドックでは突然寒くなることがある。しかし、ランクロでは、ジロンド河の流れが保温効果をもたらし、この寒さは滞留しない。91年もこの寒さによって内陸部の畑は壊滅状態になったが、ランクロの畑は収量が15%減った程度で済んだ。一般に“暑い年は偉大なワインが出来る”といわれるが、それには条件がある。ランクロの畑には地表から1.5〜2mのところに粘土質があり、この保水効果により、2003年のように乾いた年でも、葡萄樹は地中から水分を吸収できる。他の畑は砂質であり、このような粘土質がないので、偉大なワインは出来ない。だから主に、レ・フォール・ド・ラトゥール用に使われる」
  「ラトゥールで働く従業員は66人。つまり1haあたり一人の割合で従事していることになる。このところ技術系の従業員の入れ替えが進み、30〜35歳の若い人々が参画するようになった。オーナーのピノー氏もワイン造りの何たるかは承知しているので、パーセルごとの管理を徹底し、テロワールをより純粋に表現するように努めている」。
  2001年=8月終わりから9月にかけて日照に恵まれ、やや遅摘みの9月29日に収穫し、2003年7月にボトリングした。2001年に完成した新しいシェで醸造した最初のワインであり、除梗後に再度葡萄のセレクションを行っている。味わいはまだまだ厳しさを残しているが、これから先12年ほどでピークを迎える。
 1997年=夏の湿度が高く、葡萄が膨らんだ。「背骨が真っ直ぐしていないし、密度が足りない」(アンジェラ氏)が、ヴィンテージの影響は最小限に抑えられている。すでに飲み頃を迎えたワイン。
  1994年=88年と並んで例外的に優れた収穫年。ミネラル感とヨードの香が余韻に残るクラシックな味わいのワイン。「恩知らずなワインで、試飲だけでは我々の要求に応えてくれないが、食事と合わせると変貌する」
  1988年=ラトゥールの典型といえるワインで、なかなか開かなかったが、2年ほど前から突然開いた。「背骨がしっかりとして、今後20年は果実味を保つ。1988年は2001年とヴィンテージが似ているが、今の技術を使っていれば、1988年はもっと早く飲み頃を迎えていただろう」とアンジェラ社長はいう。
  ラトゥールで実践されている変革はおもに栽培に関する分野。病気に対する知識、施肥、台木の選定や収穫のタイミングなど、葡萄樹一本一本の状態に対してこれまで以上に注意が払われるようになった。リュット・リゾネ、区画によってはビオディナミを実践し、より健康な葡萄が得られるようになった。一方、醸造面では2001年にシェをリニューアルし、畑の区画ごとに小さな単位で醸造が出来るようになった。基本的な醸造法は昔と大きく変わっていないが、健全な葡萄だけを使えるおかげで、それまで31度でおこなっていた発酵を27度まで下げることができるようになった、という。
  1982年=色合いは88年より熟成しているが、タンニンは依然として厳しさを残している。マスクリンな味わいだ。